長押
348 の例文
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しかし『重方記』には「西対代」と書かれる。この絵をよく見ると梁間は四間だが東は長押一段低い弘庇になっている。かつては寝殿を90度傾けたような「対」が本来の姿で、寝殿造の変質、衰退とともにそれが段々と簡略化されていったのが「対代」や「対代廊」と思われていた。
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そして本堂の次の広間には、造花だの火鉢だの蒲団だのという死者の土産物が並んでいた。その上の長押にはまた広告ビラのように無数の紙片が貼りつけてあった。各壇家が競争的に寄附したものと見えて、万にも千にも近い金額や姓名が記されていた。
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普通、長押と呼んでいる住宅などの和室にあるものは特に内法長押という。長押には他にも様々な種類があるが、その名称は取り付けられている部分で変わる。長押のもともとは開き戸をつけるために使われた木材であった。
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父はフロックコートを着て、紀念の写真を撮った。その写真は父の死後引伸しされて、仏間の長押に掲げられたのだった。
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部屋に入ってすぐ正面の長押に「三省」と太く書かれた横額が目についた。どういう意味かわからなかったが字面が妙に心に滲みた。
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いや、看病だけならお幾ひとりで沢山だが、おまえには別に頼むことがある。おれの大小や、長押にかけてある槍なんぞを、みんな何処かへ隠してくれ。そうして万一おれが不意にあばれ出すようなことがあったら、すぐに取って押さえてくれ。
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二の間は8畳で、西面南寄りの壁貼付絵は作者未詳の「竜田川紅葉図」である。一の間・二の間境の長押上の「楽只軒」の額は後水尾院の筆になる。一の間の南には3畳の入側、二の間の南には4畳の入側がある。
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夜が白みかかるのを待ちかねて、まだすこしずつ降っている雨の中を沢田の一家三人も、子供を囲んでかたまって或るものは睡り、或るものはうつらうつらしている石田のみんなの横から、そっと起き出して出て行った。亡くなった石田の父親の写真が、額ぶちに入れて長押に飾られていた。そのすこし下まで水があがった。
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現在ではハンガーやフックを手軽に吊るせるように室内に取り付けられた横木になってしまっているが、本来は物を掛けるための部材ではない。普通、長押と呼んでいる住宅などの和室にあるものは特に内法長押という。長押には他にも様々な種類があるが、その名称は取り付けられている部分で変わる。
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白耳義製のウヰスキーのセットはあらぬ座敷の片隅に下されて、私が見覚えてから十年あまりの歳月、少しずつ蒸発しながらまだ半ば近く残っていた父の飲み残しの懐かしい粟色の液体はすっかり空になっていました。長押に衣紋かけで釣り下げられている下町風な柄の洋服と商人風の羽織。「穢されたものだ」わたくしは怒りに眠たさも覚めてしまいます。
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すると彼も亦私のより癇高い咳払ひを挙げた。私は別に根くらべをするつもりではないから、また長押の方へ視線を反らせた。
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なお、音符の色は関係ない。音符同士が赤いリボンで結ばれている場合はこれまで通り長押しする。大きな音符は高得点が獲得可能。
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また、露出した柱も漆喰などで塗ごめた場合にも真壁造りということがある。城郭建築では長押や柱をそのように塗ごめて形を出させるので長押形という。欧米などでも伝統的なイメージとして定着している。
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立ちよって簾を少しあけてのぞく。女は人のけはいに衣の間から見ると、男が微笑みながら長押に押しかかっている。恥ずかしい人ではないが、打ちとける仲でもないのに、見られて悔しいと思う。
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聖霊院の画像で言えば蔀や御簾の内側が庇、外が弘庇で、長押1段下がり、更に右側の縁でまた長押1段下がる。この長押1段分の床の高さは寝殿造の時代の身分秩序に大きな関わりを持つ。記録に残るものは全て平安時代末期から鎌倉時代にかけてのものである。
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なお、本シリーズでは敵機に体当たりをしてもミスとはならず、代わりに自機のショット・サブウェポンのレベルが1段階ダウンする。ショットボタンを長押ししてから離すことで、強力なショットを発射する。ボムボタンを押すことで高火力かつ敵弾をかき消すことが可能なボンバーを発動する。
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その部屋は日本座敷に作ってあって、長押附きのかなり凝った造作だった。「もとは父の住む部屋に作ったのでございます」と娘はいった。
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其處には何うしたことか、ふツくりと柔らかな新らしい蒲團が長く敷いてあつたので、自分は袴を穿いたまゝ、其の上へ寢轉んだ。上を見ると、亡つた母の半身の寫眞が、額になつて長押から見下してゐる。黒い柄に青貝を鏤めた薙刀もかゝつてゐる。
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飾職だったという。お婆さんの部屋の長押にはその人の肖像が額にして懸けてある。私は一言か二言の中にその人の俤や生涯が彷彿としてくるような言葉をきくのが好きだ。
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六十六部の鉦が、夕暮までも鳴つてゐると、母は頭痛を起して、奧の納戸へ倒れ込んでしまつた。其處の長押には槍と薙刀とをかけた跡があつて、得物は疾くに失はれてゐた。槍があつたら、其の槍で、あの煑賣屋の婆の眼を突いてやるのにと思つて、文吾は楇を隱した懷中を押へつゝ、表の往來へ駈け出して行つた。
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一段高くなった室の長押へ外から寄りかかっているのである。「柔らかい形をしていらっしゃる時に、また別な美しさがおありになりますよ」 と女房らはささやき合うのであった。
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幸いにして、この長押には主膳の得意な槍がありません。両刀がこの酒席よりやや遠いところにありました。
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長押は柱同士の上部などを水平方向につなぎ、柱の外側から打ち付けられるもので、現在の住宅にもあるが、古代中世の寺院建築においては構造的な意味合いが強く、部材も厚かった。古代・中世の古建築の解体修理などをすると、この長押上に納骨されているのが見つかることがある。ただし納骨用の造作をもたず、仏華瓶や香炉などに遺骨を納めて石塔の脇に置く例や、五輪塔や宝篋印塔の中に納骨されている場合もある。
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「綱はどこから引いたか見定めよう」 平次はもういちど梯子に乗りましたが、それはわけもなくわかってしまいました。二階の前、太い長押が一本通って、その中ほどに埃の摺れたあとがはっきりして居るのです。
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土蔵といっても、そこはふつうの土蔵ではない。なかはりっぱな座敷づくりになっていて、床の間もあれば長押もついている。その座敷のなかにびょうぶが立ててあり、びょうぶのうちがわにはほんのりと行灯の灯もついている。
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なお当時の釘は今日想像するものとは違って太くかつ長い。柱をそれらの長押で直立させ、横揺れを防ぎ、その上に梁と桁を乗せる。この軸組は寝殿造に限らず、寺院や官衙も含めて飛鳥・奈良時代から平安時代に到るまでの上級建築に共通する技法である。
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死骸は明かに一人の力で長押に引上げるには重過ぎました。下手人を二人以上といふ三輪の萬七の判斷も、必ずしも出鱈目ではありません。
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そしてその柱の上に乗る梁と桁。柱の中間に取り付けて建物の横揺れを防ぐ長押、鎌倉時代以降には貫などである。thumb|250px| 221: 内法長押 長押とは横材を釘一本で柱に打ち付けたものだが、それで柱の横揺れを押さえられるのは長押に丸柱に合わせた削りが施されているからである。
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