道竹城

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  • 道竹城がその後どのような経過をたどったかは明らかではない。 ...
  • 三上兵庫頭は二上山城の不便さをいとい、新たに道竹城を築いて移った。 ...
  • また、永禄7年当時の山名豊数は毛利氏と結んだ武田高信によって鹿野城に追いやられていることからも、豊数が鹿野城から遠く離れた道竹城を攻撃するのは不可能とされており、現在ではこの説のほうが有力視されている。 ...
  • 一説では、天文年間に山名祐豊の弟である三上豊範が城を再興し、のちに山頂の立地を不便だとして道竹城を新たに築城して移った。 ...
  • 天文10年の道竹城合戦で経実が討死すると、伯耆山名氏出身の山名こ不二郎がその跡を継承した。 ...
  • しかし永禄年間になると、山名氏の宿老として鳥取城に入っていた武田高信が山名氏に離反、道竹城にあった三上豊範も武田と同盟した。 ...
  • 加えて山名東揚が道竹城に入ったのは確かだが永禄7年の道竹城合戦は存在せず、本当の三上兵庫頭である三上経実の方が天文10年の道竹城合戦において討死したとしている。 ...
  • 永禄6年、反守護を掲げて挙兵した武田高信によって新守護に擁立された豊弘は、道竹城を拠点として「岩井屋形」と呼ばれた。 ...
  • 道竹城は、鳥取県岩美郡岩美町新井に存在した日本の城。 ...
  • 三上豊範は急峻な山城だった二上山城の不便さをいとい、山陰道を扼し日本海にもほど近い標高150mの小山に道竹城を築いて居城とし、道竹城および二上山城は因幡における但馬山名氏の橋頭堡となった。 ...