進物番

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  • 書院番、進物番、西の丸小十人頭となり、布衣を着することを許される。 ...
  • 元禄13年には200石を給され、宝永5年に編修と兼務で進物番に昇進。 ...
  • 安政6年10月に小姓組番士・進物番兼務から小十人頭に任命される。 ...
  • 江戸に出て翌延宝2年9月、水戸藩に仕官し進物番兼史館編修となる。 ...
  • 寛永9年に進物番に任じられ、寛永10年2月7日に常陸で200石を与えられる。 ...
  • 寛永元年頃、山城国に住していた祖父孝信の代に尾張藩に仕え、次男であった父信幸は進物番・納戸を経て金奉行や町奉行を歴任し、450石となっている。 ...
  • 寛永16年、御膳番を勤めていた際に、厨房費が高騰しており下々の役人が乱脈を行っているとして節倹令が発せられたのに伴い、御膳番の同僚とともに書院番の番士に異動の上、進物番兼務を命ぜられた。 ...
  • 同11年、進物番、翌12年に大番組となり、13年には田丸家の家督を相続し、200石となる。 ...
  • 文政10年に家督を相続し、進物番200石となった後は、水戸学藤田派の後継として才を発揮し、彰考館編集や彰考館総裁代役などを歴任する。 ...
  • その後、詳細な時期は不明であるが徳川光圀の招きにより水戸藩へ仕官することになり、役職については光圀の侍医や御伽衆とも、進物番など諸説遺されている。 ...
  • 寛永9年御書院番となり2百石を賜い、進物番・同組頭となり寛永16年12月布衣着用を許される。 ...
  • 寛文7年、進物の役を命ぜられ、進物番を兼務した。 ...
  • 文政4年に書院番士になり、文政6年に進物番となる。 ...
  • 元禄元年3月28日から進物番に就く。 ...
  • 信久の嫡男 七郎衛門信詮は、はじめを信直といい、甚五衛門又は伝之衛門といい、歩行士を経て寛保元年、新料理番となり延享5年馬廻組、宝暦4年3月、進物番となる。 ...
  • 安政5年5月29日、部屋住みから小姓組に配せられ切米300俵を与えられ、安政6年6月2日より進物番を兼務し、同年12月14日、小納戸として役料300俵を与えられた。 ...
  • 文政6年、進物番上座となる。 ...