玉石混淆
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名詞
92 の例文
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では、このような動機から発して、心という襤褸布の正体のどんな一片を掴むのか。この人の玉石混淆、雑多な言葉の中から、次のようなものがよい見本である。
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考えてみればおれたちのなかで、おそらく一番焦慮し、絶望し、激怒しているのは彼だったろう。革命グループとはいっても、彼の眼からみると、おれたちはまったく玉石混淆だった。まるで確たる目的もなく移動する牛の大群とも見えたろう。
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同時に霊界を一の清浄無垢の理想境と考える事も、亦飛んでもない迷妄である。霊界は現界と同じく、玉石混淆の差別の世界で、寸刻の油断もできない。これを知らずに幽明交通をするから、そこに多大の弊害が起るのである。
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ですからそういう立場で、ものを選ぶということは基礎が弱いのです。その結果はどうかというと、必ず選択が玉石混淆に陥るのです。立派なものの傍らに見るに堪えない品が列んでいる例は余りにも多いのです。
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ことにその快活、その機智、その鋭い諷刺、無邪、諧謔、豊潤な想像、それらのたぐいまれな種々相にはさすがに異常な特殊の光が満ちている。むろん、これらの中には純粋な芸術上の立場から見ると、多少の玉石混淆は免れぬ。しかしこれは民謡としての紹介にはしかたのないものである。
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それを掘り出したものを、飾り石として加工するのだが、これはわざわざ玉だけを選別してきたりはしないのだね。山から掘り出して切り欠いたままの石を、文字通りの玉石混淆で送ってくる。そこから石を選別し、良いところを切り出すのは匠の仕事、匠は山の石を一鈞幾らで買いつける。
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昭和初期に吉川弘文館から刊行された『日本随筆大成』数十巻は、この種のものの集大成であるが、執筆者は総計百数十人にのぼるであろう。まことに文運隆盛というべきだが、ともに玉石混淆で、しかも玉は稀である。ここには趣味はあるが思想はない。
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一方で、作中におけるMSの描写やニュータイプの存在に対して高千穂遙がSF作家としてSF考証の観点から批評する意見を述べ「ガンダムSF論争」を巻き起こした。本作のヒットは新たなアニメブームをもたらし、これに影響されたアニメも玉石混淆で無数に製作されることになる。特にロボットアニメは本作同様に、登場人物や世界観の描写に力を注ぐことで高年齢層も意識した作品作りがなされるようになり、数多くの作品を生み出した。
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いずれにしても既存のものを改造したり、新要素を付加する有志制作のものは全てMODである。主にユーザーが作るという点から、多数あるMODが玉石混淆であることは否めない。しかし有志により作られた秀逸なものが多数存在し、これを適用することでまるで別のゲームのようになってしまうこともある。
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野にある刀も、その敗戦の風に荒され、辛酸をなめていたにちがいない。その姿が見えないだけに、このまま、ただ海のものとも山のものとも知れぬ玉石混淆の闇のなかへ野放しにはしておけなかった。全国審査は、野の闇からそんな刀たちを掬いあげ、陽の目を見せてやるためのものだった。
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玉石混淆ですから、その中からしかるべき人を選んでください。
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この新兵はのちに少女を暴行した罪で銃殺されてしまう。かれらも最初のうちは玉石混淆だった。幸い、連絡役の農民はアドレナリンを手に入れてくれた。
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ルナアルの作品としては、「にんじん」に次いでこの「博物誌」が人口に膾炙してゐるが、それにはいろいろな事情がある。公平にみて、これら長短七十の「スケッチ」は、云はゞ玉石混淆である。訳してみると他愛のない思ひつきや、訳さうにも訳すわけに行かぬ言葉の音の洒落やがあつて、さういふ時には少々うんざりする。
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わたしはかれの許しをえて、この調査の写しを何部か入手したが、それには、尋問のさい記入しなかった事項も、いっぱいあとから書きこんであった。したがって、この記録は、尨大なる玉石混淆の談話からの抜き書にすぎない。その点、体裁はわざと不完全なものにしてあるけれども、そのかわりに、謎解きの好きな方々には興味深いものがあろうし、また、そのなかのある陳述には重要な意義をもっているものもあるので、あえてここに掲出することにしたのである。
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したがってロックシーンの黎明期にも、今日から見れば玉石混淆としか言いようのないほど名盤?が輩出し、結果はその多くがただの“石”であった。
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今思い返してみても玉石混淆の教師陣だった。英語科のT先生は、東京外語を卒業したのち長く外交官を勤めた老教師で、年齢的にはいささか若々しさに欠けるうらみはあったが、まちがいなく〝玉〟のほうに属していた。
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併しプログラムによって一応の政治的実質を診断することは世間の習慣だから、これを社大党本質の一表現と見ていいだろう。処で之は一見して明らかに玉石混淆であり、又之を平均して考えて見ると、大体社会ファシスト的色彩を持っている。だがこの最後の点は、まだ必ずしも日本型ファシズムの典型的なものを示すということは出来ない。
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