好事家
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名詞
257 の例文
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ただ私はああいう本はやはり好事家に回してやるのが一番だと思うんです。業界は今いい本がすっかり払底して、コミックやアダルトに頼って細々と暮らしている。
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はじめて春卜にあった李聖麟であったが、手を握り膝をなでながらその出会いをおおいに喜んだ。その場には多くの好事家が集っており筆を執りあっての画会となっていた。春卜は野馬・山水・梅・芦雁図などを、李聖麟は梅月・福禄寿図などを即興で描き、互いの画を交換して長く保持しあうことを誓い合った。
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大井町あたりの小さな劇場で一部好事家を対象に上映されそうなタイトルだ。
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弄山はもっぱら外国風のものに関心が深く、阿蘭陀から渡来した書物から外国の動物や文様を写して、やきものの図柄にしたり、阿蘭陀文字を描いたりしたので、その作品は高貴な人々の間で評判になり、大層な人気であった。弄山の死後七十余年経った今でも、彼の作品を収集する好事家は少くない。もしも、奉行所で萬古焼にくわしい役人がいたら、或いは判ったかも知れない。
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最終生産車のロールアウトは2010年。販売網を持たない日本には正規輸入されていないが、好事家によって並行輸入されている。
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場末の寄席を廻ってどうにか糊口を凌いでいたという。一部の好事家からは評判が良かったが、売れ出すのはもう少し先のことになる。この頃、「染物屋の若旦那」である宇野信夫の家によく出入りして世話になっていた。
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ここにあるのは昭和二十八年度の展覧会にまさるとも劣らない完全なルオー回顧展で、その初期から晩年までのあらゆる見本が揃っている。好事家が、重箱の隅をせせるようにして面白がるといった類のものではない。ルオーの独自の主題というのは、初期の頃のサーカスや庶民たちを描いた陰惨な風俗から、晩年の聖書的風景にいたるまで、一貫した魂の呻きのような自己告白である。
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しかもその闇市場はどうやらソヴレムにあるらしいのだ。最近では西欧中の好事家が密かにソヴレムを訪れているという情報もあってだね。だが、その尻尾が捕まえられない。
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日本が近代化して以降でも野点はしばしば戸外で楽しむ行楽の様式として存続しており、花見や紅葉狩りのような行楽の一部として、または野点を主体として庭園から完全な野外に至るまで様々な場所で催されている。個人レベルでも、趣味の範疇で好事家が戸外で茶を点てる場合もある。抹茶を点てる場合でも、道具は基本的に茶碗と茶筅があればよく、あとは湯を沸かす鍋釜があれば事足りる。
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すごい意味でもあるのかと黙っていると、なおも、 「なんとか頼む、これは近年にない逸品じゃ」と執拗である。私は、好事家というものの感覚が少し見えた気がした。ははん、要するにシャレが好きなんだな。
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寺宝は刀に限らない。古器古董も埋れているとみて買い歩き、京の好事家に売って暮しを立てていたのである。
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また、民間での評価が高く知識人の評価が低い理由として、安能は儒家の影響があったとしているが、士大夫層は小説全般を軽視していたのであって『封神演義』を特に貶めたわけではない。日本では江戸時代の好事家が既に本作を読んでいた記録があり、大正時代にはこれを論じた論文も発表されていた。昭和後期の1977年に、木嶋清道により抄訳版が出版されたが、『西遊記』や『水滸伝』といった明代に成立した他の演義作品と比べても『封神演義』は周知されなかった。
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ことわっておくが、私は稀覯本の蒐集家ではない。なんだ、好事家が珍しい本を手に入れて悦に入っているのか、などと思わないでいただきたい。私がこの本を手に入れておどろいたのは、それなりのわけがあるのだ。
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それが稲村ヶ崎の青黒い崖の上に建っているところはいかにも一つの偉観にちがいなかったが、それにしても運転手の小ばかにしたようなことばも無理ではなかった。私の目から見ても、そんな辺鄙なところまでわざわざ泊まりに行く好事家があろうとは思われないのである。
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SDK-80はテレタイプ端末を想定したデバッグモニタが付いており高機能であったが、必要とされるテレタイプは数十万円と高価であり、とても個人で所有するものではなかった。テレタイプを持たない一部の好事家が先走ってこれを購入し、後になってその点に気づいた例もあった。
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垂涎の的ですよ。好事家がもっとも大切にしているのは、品にまつわるゆかりです。
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倅は苦笑していた。二月の初旬に偶然旨い伝手ができて、老人はこの幅を去る好事家に売った。老人は直に谷中へ行って、亡妻のために立派な石碑を誂えた。
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