万年青
113 の例文
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しょせんは一時の珍らしいもの好きで長くはつづかないんですが、それでも流行るときには馬鹿に高い値段で売り買いが出来る。例の万年青や兎とおなじわけで、理窟も何もあったものじゃありません。
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江戸時代は主に大名のもとで栽培が行われた。元禄から享保年間の書物には斑入りの万年青が掲載されたものがある。このころより、栽培がある程度は一般庶民にも広がったようである。
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これらの品種を含む古典園芸植物としての万年青は現在も多くの品種が栽培されている。芸とは、万年青における葉の状態や葉姿、柄などの特徴の総称をいう用語。以降に万年青に見られるさまざまな観賞点を大まかに挙げる。
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之を見て結城哀草果君が其歌集の表紙模様を作つてくれと云つた。それでやはり不用意に写して置いた庭の万年青の写生画一枚を上げた。昭和十年に出た「すだま」がその集である。
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古典園芸植物の一つ。万年青栽培の歴史は三百数十年とも四百年以上とも言われる。古くは徳川家康が江戸城へ入る時、家臣の中に万年青を献上したものがいるとも伝えられる。
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オモトという百合科の植物は、万年青と書く。先年、小説に万年青の鉢と書いたら、誤植されて、万年筆になっていた。ぼくは雑誌社にハガキを書いた。
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万年青の葉芸は変化の幅が広く、薄く広い本来の葉の姿とは似つかないものも多い。葉の形の変化と斑入りは連動することもある。
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ばあさんの愚痴を聞き飽きた僕は、枕を持って畳から立ち上がり、自分の部屋へ逃げようと思いながら、なんとなく、花を生けるばあさんの前で胡座をかいた。広口の花器にたっぷり張られた水へ、青々とした万年青の葉が挿される。その手元辺りが、妙に静まっていた。
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ヨーロッパを経由して、日本には明治時代に渡来した。ヨーロッパでは花を楽しむものとされていたが、日本では万年青などと同様に葉の美しさを楽しむようになった。それゆえ、古典園芸植物に分類される。
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毅堂は結城より帰府した当時は枕山の家に寓していたのである。この年江戸市中には万年青の変り種を弄ぶことが流行した。武士僧侶までが植木屋と立交り集会を催し万年青の売買をなして損益を争うようになったので、これを禁ずる町触が出た。
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戸口の前に植木鉢を幾つも並べた家に着くと、伊三次は台箱を持ち直した。万年青の緑はたった今、打ち水をした後のようにしっとりと鮮やかだった。伊三次は戸口からではなく、すぐ横の庭木戸を開けて中に入った。
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葉は平たく長いが、内向きに何重にも巻き込む。獅子系の万年青では根も巻き込むのも特徴の一つである。中くらいの大きさで葉は細長くて厚みがあるタイプ。
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芸とは、万年青における葉の状態や葉姿、柄などの特徴の総称をいう用語。以降に万年青に見られるさまざまな観賞点を大まかに挙げる。葉に白くなる部分が出るのを斑と言う。
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万年青栽培の歴史は三百数十年とも四百年以上とも言われる。古くは徳川家康が江戸城へ入る時、家臣の中に万年青を献上したものがいるとも伝えられる。江戸時代は主に大名のもとで栽培が行われた。
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槙の実も旨い。くうた事のないのは杉の実と万年青の実位である。
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ただ、青いものは室の中の一鉢の万年青きりだった。万年青の上の方、壁に七福神の卑俗な額が掛っていた。
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両脇は今時めずらしい板塀だ。塀の下から、野ほうずに伸びた万年青の葉が飛び出している。この地区を受け持って十五年になるが、いつも国道から訪問先に直行するので、この路地を通ったことはない。
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理髪店の店さきには、朝日の光がさわやかに、万年青の鉢を洗つてゐる。
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観賞用としても古くから栽培され、江戸中期に日本で爆発的に流行し、斑が入ったものや覆輪のあるものなどさまざまな種類が作出された。これらの品種を含む古典園芸植物としての万年青は現在も多くの品種が栽培されている。芸とは、万年青における葉の状態や葉姿、柄などの特徴の総称をいう用語。
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天保9年刊行の『東都歳事記』には「多くは異様のものにして愛玩するに足らず、されば四五年の間にして、文政の始めより絶えしもなり」とある。朝顔への熱は冷め、多くの園芸愛好家の関心は子万年青や松葉蘭に移っていった。もしくは文政の末から天保にかけて江戸の火災、飢饉や大塩平八郎の乱、天保の改革による倹約令なども重なり朝顔の流行は下火になったとする文献もある。
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竪に竹を打ち附けて、横に二段ばかり細く削った木を渡して、それを蔓で巻いた肱掛窓がある。その窓の障子が一尺ばかり明いていて、卵の殻を伏せた万年青の鉢が見えている。こんな事を、幾分かの注意を払って見た為めに、歩調が少し緩くなって、家の真ん前に来掛かるまでに、数秒時間の余裕を生じた。
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竪に竹を打ち附けて、横に二段ばかり細く削つた木を渡して、それを蔓で巻いた肱掛窓がある。その窓の障子が一尺ばかり明いてゐて、卵の殻を伏せた万年青の鉢が見えてゐる。こんな事を、幾分かの注意を払つて見た為めに、歩調が少し緩くなつて、家の真ん前に来掛かるまでに、数秒時間の余裕を生じた。
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特に葉や茎が短くなり、厚くなったものが喜ばれる傾向がある。芸や柄の名称は、むしろ万年青における名称が流用されている。なお、この二者については、中国からの東洋ランの流れとは異なった歴史を持つことから、東洋ランに含めるべきではないとの考えもある。
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それは梨地鞘造の印籠で、たしかに袂へ入れて邸を出たはずなのだが、聖堂の近くまで来たとき、ふと気づいて探ぐって見るとそれが袂の中にない。邸を出る前までたしかに居間の文机の上に置いたことはわかっているのだが、なにしろ朝の時間は万年青で夢中になる習慣なので、置き忘れて来たものか持って出たものか、その辺のところがはっきりしない。
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内側には灯が明るくついて居るので鉢植の草が三鉢ほどスリガラスに影を写してあざやかに見える。一つは丸い小い葉で、一つは万年青のような広い長い葉で、今一つは蘭のような狭い長い葉が垂れて居る。ようよう床屋の前まで来たのであった。
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すぐ崖の上に小さなユースホステルがあった。白い柵の中に青い万年青が伸びている。建物は赤い煉瓦積みになっていた。
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それは世間から見ると、人数は少なし、家邸は持っているし、楽に見えるのも無理のないところでしょうさ。この間も原の御母さんが来て、まああなたほど気楽な方はない、いつ来て見ても万年青の葉ばかり丹念に洗っているってね。
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万年青流行のことは当時の俗謡大津絵にも唱われている。