一種の慰藉
5 の例文
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そこで連夜彼は奮鬪を續けた。この奮鬪は苦痛といふよりは寧ろ一種の慰藉であつた。一夜に十五匹をも捕まへた時の心持は彼が未だ何物にも經驗する事の出來なかつた勝利の味を初めて味ひ得たのであつた。
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矛盾混乱なにひとつ思うようにならず、つねに無限の懊悩に苦しみながらも、どうにか精神的の死滅をまぬかれて、なお奮闘の勇を食い得るのは、強烈な嗜好が、他より何物にも犯されない心苑を闢いて、いささかながら自己の天地がそこにあるからであるとみておいてもらいたい。自分で自分のする悲劇を観察し批判し、われとわが人生の崎嶇を味わいみるのも、また一種の慰藉にならぬでもない。それだけ負け惜しみが強ければ、まァ当分死ぬ気づかいもないと思っておってくれたまえ。
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平安時代の女流日記『蜻蛉日記』を原典にした作品である。愛されることはできても、愛することを知らない男に執拗に愛を求めつづけ、その不可能を知るに及び、せめてその苦しみを男に解らせようとするが、遂にはそれにも絶望し、自らの苦しみの中に一種の慰藉を求めるにいたる不幸な女の物語。堀が日本古来の王朝女流文学に深い傾倒を示した作品群の一作目にあたり、リルケ体験を通して日本の古典文学を現代に蘇らせて、「恋する女の永遠の姿」を描いている。
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学生の時分、暑中休暇に田舎へ帰って、百姓に接したときは、全くそこに都会から独立した生活があったように感じられたものです。彼らの信じている迷信というものも、その人たちにとっては、不調和ということがなく、却って、そこに営まれつつある生活が、都会における物質的な文明から独立して、何ものか深い暗示と一種の慰藉を人生に与えるもののごとく感じられたのでした。それは原始的にも神を怖れ、信じ、また忍従するものであって、やがてその精神は、相互扶助の道徳を生み、生長のいかんによっては、自治体をすら造らるべきものであったに相違なかったのです。
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けれど文学者だけに、この男は自ら自分の心理を客観するだけの余裕を有っていた。年若い女の心理は容易に判断し得られるものではない、かの温い嬉しい愛情は、単に女性特有の自然の発展で、美しく見えた眼の表情も、やさしく感じられた態度も都て無意識で、無意味で、自然の花が見る人に一種の慰藉を与えたようなものかも知れない。一歩を譲って女は自分を愛して恋していたとしても、自分は師、かの女は門弟、自分は妻あり子ある身、かの女は妙齢の美しい花、そこに互に意識の加わるのを如何ともすることは出来まい。
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