用例.jp コラム

「アルプス物語 わたしのアンネット」

以下は日録の類である。──

「アルプス物語 わたしのアンネット」を飛ばし観する。主人公はアンネットというよりも、ルシエンだと言い切ってしまって宜しい。構成について言えば、アンネットの弟の骨折から、アンネットとルシエンの和解までにあまりにも尺を使いすぎた。

なるほど、ルシエンがしたことは取り返しがつかない(ルシエンは意図的にではないにしても、結果的にアンネットの弟を崖から突き落としたのである)。それは疑う余地がないのだが、それとて、アンネットへの愛情が元だったのである。そのアンネットがルシエンに対して最も強く当たり続けたという悲劇──許すべき時局にあってすら、アンネットの反逆精神が彼を許すことを許さぬのだ──が、ルシエンにこの上ない苦悩を齎した。実際、本作はアンネットとルシエンの心の葛藤の歴史である。

先に述べたテンポの悪さは、ルシエンの若さと、決して高いとは言えない知能に起因する。ルシエンは「崖」事件とその後の一連の流れから多くを学び得るべきはずだったのだが、彼は理性の人間ではなかった。一方、天はこの若者を完全に見放したわけではなかった。木彫りの才能があったのである。ここで私は「ハイジ」のペーターを思い出さずにはいられない。ペーターも同じく、考える事が頗る苦手で成績も悪かったが、彼の木工細工の才は、あのアルムおんじが認める所のものである。しかし、ルシエンの未来はペーターほど前途洋々ではなかった。(ところでルシエンがそのまま木彫りの技術を磨き続けたとして、彼が一流──或いは二流──の芸術家になれるかは疑問である。少なくとも、作中ではルシエンに芸術家足り得る眼と精神は見出され得なかった。)

最後に、本作には興味深いキャラは少ないが、「こんにちはアン」のエッグマンの如く、森で隠遁生活を続ける「ひげ爺」(ペギン)のキャラは言及に値する。この老人は孤独の生活をすることで贖罪を果たそうとしたが、実際、その生活は不幸せではなかったように思える。彼が息子に「一緒に住もう」と言われた際、感動に酔いながらもその返答に迷ったのは、それに起因するのであろう。森での美しい生活の方が、老人にはよほど肌に合うのではなかろうか。結局──遅かれ早かれ──老人はまた森に帰って来たであろうと考えずにはいられない。