用例.jp コラム

「フランダースの犬」の精神性

フランダースの犬を最後まで視聴。ネロは死に急いだ感はあるかもしれないが、あまりにも長く続いた俗世の不条理は、ネロに一縷の希望をも与える余地を残さなかった。ネロが生涯抱いた最後の希望、それはルーベンス絵画コンクールで一等を取り、賞金を以て絵の学校へ通うことに他ならなかった。しかしその道も最後の一歩で途絶え、それと共にネロの生きる気力という灯火──それはなんと儚い灯火だっただろう!──も虚しく消え去った。ネロがクリスマスの日に、ミシェルおじさんやヌレットおばさん、或いはジョルジュやポールの約束を思い起こしさえしなかったのは、彼は落選した瞬間から、もはや現今に生きることを辞めたからである。ネロはムーゼルマンと化したのである。ネロ、子供が夢をみなくなったらお終いだぞ──意気阻喪していたあの時、いつもの優しい声で自分を元気づけてくれたおじいさんを思い出した。もうお終いだ、本当にお終いなんだ。おじいさん、ねえおじいさん、僕はこれからおじいさんの所へ行くよ。ネロの魂はおじいさんの世界に包まれた。

あとは体躯を今際の場所に運ぶだけだ。教会までの道すがら、あたかもネロから魂が抜けたかの如くに感じるのはそのためである。そうして、ネロの選んだエルサレムがまさに神を壁に掲げる教会であったこと以上に、逆説的な終わり方はあっただろうか! 「神」というペテンの概念は、さて真っ正直に生き抜いたこの少年に、一体何をしてくれたというのだ! このベルギーのグレゴール・ザムザは、身を以て不条理を世に知らせしめた。真性の善人は俗世に適さない、その透き通った心は、社会の不条理に汚染され、またそれを潔しとすることでしか、生きることは儘ならないのだ。孤児になりながらも純潔を守り続けたネロは、現実の凶器に骨の髄まで打ちのめされた。しかしその人生は、なんと美しく崇高なものであっただろう! 我々は、或いはネロの絵画以上の芸術と感動を、そこに見出さずにはいられないのである。

2017/08/16