用例.jp ブックレビュー

「グレン・グールド シークレット・ライフ」

★★★★☆ (4/5点)

グレン・グールドには3つの顔がある──ピアニストとしてのグールド、孤独のグールド、そして女性と恋愛関係にあるグールドである。本書はその最後の顔──グールド研究では最も謎とされていた顔──にスポットライトを当てた半伝記である。

筆者は本書を書き上げる為に、実に百人を超える関係者に直接取材を行い、資料収集に徹した。その甲斐があってか、現存するどのグールド伝記にも見られないオリジナル情報が多々掲載されている。よく此処まで調べあげたものだ、と感心した。私はグールドの伝記は勿論、グールド著作集や書簡集ですら通読したが、本書こそがどの書物よりも「生」のグールドに肉薄しているように思う。それは時に、赤裸々過ぎると感ぜられるくらいである。例えば、グールドが(当時付き合っていた)フランシス・バッチェンからの性的な「恩沢」に浴している場面を友人ハミルトンが見てしまうといった一部始終が、歯に衣着せずに語られていたりする。

驚愕すべきはグールドと関係を持った女性の数の多さである。実際、付き合った女性の数も“経験”人数も、一般男性のそれを上回っているのではなかろうか。今でもグールドはホモセクシャルだと信じる者があるが、本書を読めばそれこそ事実無根であることが確認できよう。最終章にはグールドの逝去から現在に至る迄のアフターストーリーがグールドの元恋人毎に記述されており、時の流れを感じさせた。私は久し振りにグールドの愛した映画『砂の女』でも観ようかと思う。

翻訳に関して言えば、全体的に読みやすい部類に属する。しかし、タイポや超訳または誤訳が多々見受けられた。例を挙げれば、 “perfect pitch” の訳。これは「絶対音感」を意味しているのだが、訳者は「完全なピッチ」と直訳してしまっている。人名に於いても「バッチェン」を「バチェン」と表記するが如く、些細な表記の揺らぎがあった。英語の音をカタカナ表記にした意味を成さない単語すらある。そこまで厳密さを要求する内容の本ではないし、大意は伝わるので良しとすべきだが、些細な塵も積もれば山となる──私には気になった点が積もり、最後には大きく見えてきたので、残念ながら満点とは言えぬ。とはいうものの、情報価値は極めて高い。グールドファン必読書と言っても過言ではない名著である。