麻布六本木

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  • 麻布六本木界隈には、深夜に店を開いている小さなレストランが散在している。 吉行淳之介『技巧的生活』より引用
  • この洋室の場面はけっして麻布六本木の異人屋敷で撮影されたものじゃないよ。 横溝正史『憑かれた女』より引用
  • その俊助が今日やって来たのは、いうまでもなく、麻布六本木のあの異人屋敷の事件のためである。 横溝正史『憑かれた女』より引用
  • 麻布六本木の二丁目辺りには、個人の邸宅が並ぶ閑静な一角がある。 山崎豊子『華麗なる一族 上』より引用
  • 麻布六本木のつる乃家の奥座敷で、三雲と鉄平は、二人きりで酒をみ交わしていた。 山崎豊子『華麗なる一族 中』より引用
  • 麻布六本木の誠志堂という本屋から出てくると、手に小旗を持った女学生たちが飯倉方面から行進してくるのが見えた。 山口瞳『江分利満氏の華麗な生活』より引用
  • そして、十一時すぎに、麻布六本木あざぶろっぽんぎのうちへかえることになるのだが、そのあいだにおまえにとっちゃ、遺産相続の競争相手のひとり、島原明美が殺されているんだ。 横溝正史『金田一耕助ファイル13 三つ首塔 v0.9』より引用
  • つまり麻布六本木のほんものの異人屋敷へエマ子を連れこみ、そこに死体はおろか、そんな恐ろしい犯罪が行なわれたような痕跡すらないことをエマ子に見せて、こういうつもりだったのだ。 横溝正史『憑かれた女』より引用
  • 麻布六本木のあの異人屋敷は、当時、世間から魔の家と呼ばれて、日中は好奇心にかられた見物で一杯だったが、いちど日が暮れると、文字どおり犬の一匹通らない淋しい場所になってしまった。 横溝正史『憑かれた女』より引用
  • 相模小田原藩の藩医福地貸庵の末子で、江戸麻布六本木の藩の中屋敷に生まれた。
  • それはさておき、それから半時間ほどのちのこと、麻布六本木の、とあるさびしい町角に、一台の自動車がとまった。 横溝正史『黄金の指紋』より引用
  • なお、飯倉永坂町は麻布永坂町、飯倉新町は麻布新網町二丁目に合併され、飯倉六本木町は竜土六本木町等と合併して麻布六本木町となった。
  • そこに麻布六本木の住所と、椿英輔と書かれた文字は、金田一耕助も同じひとの遺書で見おぼえのある、椿子爵の筆蹟にちがいないように思われる。 横溝正史『金田一耕助ファイル04 悪魔が来たりて笛を吹く』より引用
  • それは麻布六本木の異人屋敷と寸分ちがわぬ造りなのだ。 横溝正史『憑かれた女』より引用
  • お路の父の土岐村玄立ときむらげんりゆう麻布六本木あざぶろつぽんぎの町医者だが、馬琴に春画の箱がきをたのむような、無神経な人物であり、母親はこれまた滝沢家に何日も泊まりこんで、こちらに病人があるのにべつに看病するでもなく、毎日外をほっつき歩いているといった女であった。 山田風太郎『八犬傳(下)』より引用
  • 夜ふけて、足を棒のようにして、二人が相ついで神田猿楽町の宿へ帰って来ると、下女が、きょう夕方、一人の若い男がやって来て、あした午後七時ごろ、麻布六本木の「いろは牛肉店」へいってみるように、という伝言を託して去ったと報告した。 山田風太郎『明治十手架(下) 山田風太郎明治小説全集14』より引用
  • 麻布六本木の化け物屋敷へあらわれた怪人は、はたして何者であったか、またガラス箱のなかにこんこんとねむりつづける朱実の運命はどうなっただろう。 横溝正史『白蝋仮面』より引用
  • 五、八月二十七日、井手江南の案内にてエマ子麻布六本木の異人屋敷にいたり、みさ子の惨死体を発見す。 横溝正史『憑かれた女』より引用
  • 六本木は、明治時代-昭和初期にかけて麻布区に属し、戦後麻布区から港区になったが、住居表示実施前の六本木五丁目と六本木六丁目、六本木七丁目の一部は「麻布六本木町」という麻布の筆頭町名であった。
  • 万俵鉄平は、大同銀行本店を出ると、麻布あざぶ六本木の『つる乃家』に向って、車を走らせていた。 山崎豊子『華麗なる一族 下』より引用
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