非女装

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  • それが非女装の女性的なゲイなどへの蔑称としても使われだしたのは、東郷健が国政選挙に初立候補した1971年辺りからだとされる。
  • これにより、当初は女装男娼者の中のそれも肛門性交をよくするタイプへの蔑称だったのが、1980年代に入った辺りからは使用範囲が拡大し、女装男性はもちろん、非女装の女性的なゲイ、そして同性愛ではない女性的な異性愛男性への蔑称としても盛んに使われるようになった。
  • その頃、非女装の同性愛男性はホモ、ホモセクシュアルと呼ばれることが多かったが、同時に現在の意味においての「ゲイ」も使われ始めていた。
  • その理由は、女装する人は性同一性障害の人だけでゲイ全体の1%未満しかおらず、数が元々少ないこと、非女装の男性同性愛者の多くはニューハーフ系バーには行かないため、2丁目に店を構えても需要が余り見込めないからである。
  • 男性同性愛者の中でも、性自認が女性的な非女装の男性同性愛者や、女装家など、女性度が高く、それでいて男性的な部分もある程度残っている同性愛者の一部が「どうせ私たちはオカマです」と自虐的に自称することがある。
  • おすピーは非女装ゲイの中でも特にオネエ度が高いゲイであり、女装をせず、しかも男性としてのアイデンティティを持ちながら男性を愛する非オネエのゲイは日本社会で可視化されていなかった。
  • ただ一方で戦後初期は、やなぎ、ブランスウィック、夜曲、イプセン、蘭屋などがあった中で、多くの店は男装時代の丸山明宏に代表される非女装の中性的な美少年を雇ったといわれ、やなぎが数少ない女装バーだったという指摘もあり、女装バーが増えたのはその後のこととも言われる。