青龍権現

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  • 江戸時代は青龍権現への巡礼者は積雪期には里に戻っていた。
  • 青龍権現と呼ばれる松五神社があるのはその名残であり、今も尚守護神として崇められている。 ...
  • それより奥に行くと、大岩の下に青龍権現を祀る本殿の祠があった。 ...
  • しかし、本家の青龍権現や南部地方で十和田さまを雨の神としての祀る事例はなく明確な信仰の違いがある。 ...
  • この映画では青龍権現の信者たちは暴力を用いて和井内貞行の妨害をしようとする敵役として登場した。 ...
  • 南祖坊は十和田青龍権現として祀られることとなった。 ...
  • 宝暦の頃、南部藩の社堂を記載した『御領分社堂』では「十和田青龍権現」として、大同2年に南蔵坊という僧が、八郎太郎を追い出して、青龍大権現として小社に祀られていると記載されている。 ...
  • それは、三湖伝説で語られる南祖坊が、湖の主であった八郎太郎を追い出し、龍神に姿を変え湖の主として十和田湖に身を沈め青龍権現となったとされ、十和田湖はその青龍権現を祀る神仏習合の霊山として、近畿の熊野権現や関東の日光東照宮に比すべき北東北最大の山岳霊場であった。 ...
  • 十和田別当の織田氏は十湾寺を十和田神社として、青龍権現を外に移し、祭神をヤマトタケルと申し立てたが、認められず、1873年奥瀬の新羅神社に合祀され、御堂は取り壊された。 ...
  • それは、僧侶や山岳修行の場で民間の信仰登山、聖地巡礼の場であり、江戸時代は「額田嶽熊野山十湾寺」を称する神仏習合の寺院があって、十和田青龍権現を本地仏として安置する仏堂「十和田御堂」が建っていた。 ...
  • また、十和田神社の右奥の岩山を登った先の台地は、南祖坊が入定し青龍権現となったと伝える中湖と「カミ」の宿る御蔵半島の「御室、奥の院」をのぞむ神聖な場所であり、台地を降りた中湖の水際には、参詣者が占いと祈りを行う占場があった。 ...
  • thumb|神泉苑にある青龍権現を祀る元宮 thumb|占場その頃は十和田湖自体が聖域であり、十和田火山外輪山の内側は本来、女人禁制の世界であった。 ...
  • 村人は青龍をあわれみ、青龍権現として祀った。 ...
  • かつて十和田湖は、十和田青龍権現を祀る神仏習合の霊山であり、熊野や日光に比すべき北東北最大の山岳霊場であった。 ...
  • 十和田神社の右奥、岩山を登った先の台地は、南祖坊が入定して青龍権現となったと伝わる中湖と、「カミ」が宿る御倉半島の「御室」をのぞむ神聖な場所であり、台地を降りた中湖の水際には、参拝者が占いと祈り、散供打ちを行う「占場」があった。 ...
  • 十和田神社は、明治初年の神仏分離以前は「額田嶽熊野山十灣寺」を号する神仏習合の寺院であり、十和田青龍権現を祀り、現在の拝殿の場所に観音を本地仏として安置する仏堂「十和田御堂」が建っていた。 ...