近衛大将を兼ねる

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  • 弟の兼家の出世はこれを上回り、大納言に右近衛大将を兼ねていた。
  • 中納言・大納言を経て、康保3年右大臣に任ぜられ、左近衛大将を兼ねた。
  • 天禄元年に権大納言に上り左近衛大将を兼ねる。
  • 以後、正二位行権大納言のまま数年を過ごし、建長7年4月12日、右近衛大将を兼ねる。
  • 事件後に大納言に転じて、民部卿、左近衛大将を兼ねた。
  • 以後、醍醐天皇のもとで出世を重ね、大納言に転じ、左近衛大将を兼ねる。
  • 治承元年3月には大納言に還任し、12月に左近衛大将を兼ねた。
  • 院近臣の昇進は大納言が限界であり、近衛大将を兼ねずに大臣になったことも極めて異例で、破格の人事だった。
  • 北朝の要職にある通冬が南朝に移った事情はなお明らかでないが、南朝公卿として仕えた8年間で、正二位・大納言に至り、さらに右近衛大将を兼ねている。
  • 嘉祥4年正二位に昇り、翌年、左近衛大将を兼ね、国史を監修する。
  • その後も延暦13年従四位上次いで正四位下と累進して、延暦15年正四位上に至り、議政官として左大弁・近衛大将を兼ねた。
  • 永和4年/天授4年3月に21歳で権大納言となった義満は8月に右近衛大将を兼ねた。
  • 永享元年右近衛大将を兼ね、さらに左近衛大将に転じる。
  • その後、大納言に転じ、右近衛大将を兼ね、従二位に進んだ。
  • 建長2年12月15日、大納言に転正し、同月24日には左近衛大将を兼ねる。
  • 延喜9年左大臣・藤原時平の薨去に伴い、太政官の首班を占めて左近衛大将を兼ね、翌延喜10年には正二位の高位に昇った。
  • 間もなく権大納言に任じられ、右近衛大将を兼ねる。
  • 承平6年には上席の大納言・藤原保忠の薨去により、太政官において藤原北家嫡流の忠平・仲平兄弟に次ぐ席次を占め、同年右近衛大将を兼ね、翌承平7年には右大臣に任ぜられた。
  • 建仁2年11月3日、右近衛大将を兼ねる。
  • 仁明天皇が即位した天長10年以後、天皇の実父である嵯峨上皇の支援を受けて急激に昇進し、承和年間に正三位に叙せられ、蔵人頭に補せられ、参議を経て権中納言に遷り、陸奥出羽按察使、右近衛大将を兼ねる。