身の回り品
87 の例文
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ほどなく、一般の人間たちが暮らす外の世界へ出て行けるようになった。人間並みの住処と身の回り品を与えられ、軍人としての生活が始まった。トリトンは、その太陽からの遠さが許す限り快適に築かれた街で、オーヴィルはそこが気に入った。
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エマール会長が郷里に帰って行った。馬車から降りる際、身の回り品が入っていた鞄が盗まれているのを知った。盗んだ泥棒に怒り狂った彼は、犯人を突きとめるまで全財産を注ぎこむと誓い、犯人の頭上に法の厳しさが加えられるのを望んだ。
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部屋の中はがらんと片付いていて、ベッドの端には、白のTシャツの上に革ジャンを羽織った武が人待ち顔で腰掛けていた。足元には、身の回り品だけを詰めたようなボストンバッグが置いてある。皮膚科や内科の検査を受けた結果、身体の方には何の異常も見られないことがわかり、急遽、退院ということになったのである。
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その後、ヴァルランの遺体からは時計など身の回り品が略奪された。
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かれは燃える縄を頭上にかかげて、からっぽの部屋を見まわした。しわくちゃの服や身の回り品が床とベッドに散らかっていた。ガリオンは即座にこれが単なるだらしなさのせいではなく、あわてて出ていった痕跡だと気づいたが、それがどういうことなのかよくわからなかった。
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「身の回り品をとりに運搬人を連れてすぐにもどってくる」ディヴィッドがいった。
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朝の五時に、私はノルマンディーの奥の方に隠遁生活をするために出発します。午後の三時からずっと、私はその準備のために手を取られていたの、証書に署名したり、身の回り品を見たりね。
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奇妙な兆候はじつはあった。美晴の身の回り品が、前にも増して派手になったことだ。アクセサリー、バッグ、洋服、そして化粧品、目に入るすべてのものが新しく、そして高価なものへと変わっていった。
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この時押収された「まん拓」は本人のもの以外に、タレントの岩井志麻子の型も押収された。突然の逮捕であったため身の回りの整理もできず、持ち込みも制限されたため、身の回り品を留置所で購入した。
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朝食をすませると、一同は身の回り品をふたたび詰めて、荷物を厩へ運んだ。「裏門から出たほうがいいな」中庭をもう一度横切っているとき、ベルディンが言った。
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両親の眼に涙を見てソルカはびっくりした。おろす荷物は乗客の身の回り品ばかりではない。船荷監督のリストとつきあわせなければならない物資の詰まった箱がまだあった。
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すぐにコミューターの中から電話をかけ、知人のTVレポーター、ラベリー・グレシャムに、仕事を引き受けたことを知らせた。彼に頼んで、ホテルに置いてある俺の身の回り品と取材用機材一式を、港に届けてくれるよう手配してもらった。
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ヴァンダとクラクスは幸せな日々を過ごしていたが、ある日クラクスが落馬で負った怪我が元で亡くなった。この頃のクラクフでは、王が死ぬと妻や召使いらが殉死し、墓には武器や身の回り品ばかりか犬や馬も一緒に葬る慣わしが続いていた。ヴァンダは城内での会議の席上で、殉死の習慣をなくすことを提案した。
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パステル自体は、原色を表現できるが、パステル独自の表現として、淡い中間色が用いられたため、この名が付いたと考えられる。絵画表現以外に、衣服・建築物・家具・身の回り品・雑貨などに用いられることがある。
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昔エリセーフが東京に勉強に来たころから、つきあっていたが、非常に変った人で、モスクワの有名な百貨店の持主で、大変な金持であった。革命でそれをすっかり没収されてしまい、わずかばかりの身の回り品をパリへ送っておいて、身一つで逃げ出した。パリに着いても、なかなかその荷物が受取れないで困っていた。
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湖の北端から南東へ延び、ラク・クタカの都市へ至るぬかるんだ道にたどりついてみると、おびえた顔つきの群衆が道いっぱいに広がっていた。大部分の者たちはぼろをまとい、持てるだけのわずかな身の回り品をかかえている。「道からはずれよう」ベルガラスが判断した。
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地味なモスグリーンのスーツに、黒いエナメルの靴。持参してきたものといえば、ありあわせの身の回り品だけで、熱海行きの時と、まったく同じであった。ただ違うのは、横に船越周太郎という男がいないだけのことである。
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父がどれほどの金をあの女に貢いでいたのか、正確に把握する術はない。毎日のように銀座の高級クラブに通っていたし、贅沢品を含めて彼女の身の回り品一切を負担していたわけだから、一月にかかる費用は今の金額にして二百万円は下らなかったのではないか。母への仕送りもあったことだし、父の負担はかなりのものだったと想像できる。
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その日、いったん横浜の自宅に戻った彼は、必要な身の回り品をもって、車ですぐの距離の『みなとみらい21』にある超高層ホテルに五日間の予定で部屋をとった。居場所を知らせてあるのは、事務所社長の榊原と若い現場マネージャーの重田だけである。
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先生の部屋のバスルームにはいつも、先生の髭剃りやシェービングローションやオーデコロンやデンタルフロスが整然と並んでいて、それらは冷たく光って、手術器具を連想させる。月に数回、東京に帰る時や、地方や海外に出かける時、先生は身の回り品を大きなスーツケースに詰め込んで、部屋を後にする。数日後、またスーツケースを部屋に持ち込み、バスルームに手術器具を並べる。
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水辺に戻ると〝隊〟という言葉の意味がわかった。幼児を連れた人々を乗せた大きな浮き台に、きちんとくるまれた身の回り品の重さのない包みが、いくつもくくりつけられていた。許容量いっぱいになると、舵取りに引かれて遠い尾根の方へクネクネ進みだした。
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これは再現にあたって必要な被服、装備また身の回り品などに費やす研究と資金を比較的少なくして臨むリエナクターを指している。具体的には材質や色、またはデザインがまったく異なる衣類、靴、装備を用いたり、時代に合わない身の回り品を使用する者を指している。「Farb」という単語の由来は不明だが、諸説がある。
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この脱出路は過去の遺物だから、だれもわしらを追いかけてはこないだろう。荷物その他の身の回り品を取ってこよう。
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チェックインのとき、彼はピーター・バーグマンという偽名をつかい、住所はオーストリア、ウィーン、4472、アムシュテッテン15、とした。ホテル滞在中、男は、品物あるいは身の回り品でいっぱいのパープルのビニール袋をもって建物を出るところを防犯カメラで撮影された。しかし長い散歩から戻ってくると、男はもはやバッグを持っていなかった。
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thumb|『丹波杜氏』に描かれた出稼ぎの旅の様子 鉄道が敷設される明治時代末期までの出稼ぎの旅路はすべて徒歩によるもので、京街道 を京都までおよそ144キロメートルを4日間、奈良・大和まではさらに1日を要した。およそ半年分の身の回り品すべてを背負っての旅は楽ではなく、旅路では気晴らしに初めて同道する若者に余興に芸をやらせて笑いに興じた。出稼ぎ道中の逸話では、馴染みの茶屋で休む時は杜氏が蔵人の分も茶代を負担し、茶屋の夫人が不在でも茶代を置いていく律儀な出稼ぎ者の性格や、通りすがりの村の若者に言いがかりをつけられ、大岩を持ち上げて見せて撃退した力自慢の「丹後の仙太郎」などの逸話が残されている。
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また、クローゼットを大きく作ってあるのが特徴だ。これは船旅で中国大陸などから来る客は、二ヵ月間を過ごすためのドレスや身の回り品をたくさん運んで来るので、それを収納できるようにしたのだ。この年の七月、八月に宿泊した滞在客を宿帳で調べてみる。
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ヘンリ卿が皮肉な冗談気分でふと言ったあの言葉をきいて、彼はほとんど失神せんばかりだったのだ。五時になると彼はベルを鳴らして召使を呼び、ロンドン行きの夜の急行に間に合うように身の回り品を荷造りし、八時半までに四輪馬車を来させるよう命じた。セルビイ・ロイヤル邸ではもう一晩も寝まいと決心していたのである。
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結局、彼女は“二番手”の私についてくることになった。泰子さんら一家四人、容子さんとその二人の子供の計七人は、多少の現金と最小限の身の回り品をあわただしく用意し、ビッチ医師らが提供してくれた二台の車でホテル・プノンに向かった。ホテル・プノンは、プノンペン発祥を記念するプノムの塔にほど近い、ドーンペン並木道に面して広大な敷地を持つ、市内で最も格式の高いホテルである。
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