赴く途上

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  • なお、アメリカ合衆国のオリンピック代表チームは、パリに赴く途上でイギリスに滞在した。
  • 文禄2年、文禄の役に従軍して肥前国名護屋に赴く途上の安芸国で病のために死去した。
  • 大檀の弟の匹黎は東部の部落を統率していたが、大檀の下に赴く途上、長孫翰軍と遭遇した。
  • 享保15年11月6日、嫡男・義如を伴って江戸へ赴く途上であったが、大坂で病に倒れて死去した。
  • 文久2年、参勤交代で江戸に赴く途上の長州藩内において病に倒れ、一時的に回復したものの、江戸に着くと高熱を発して7月21日に死去した。
  • この際、配所に赴く途上で詠んだ歌が、後に勅撰集『千載和歌集』に収録されている。
  • 天正20年、兄の足利国朝が文禄の役で九州に赴く途上の安芸国で病死したため、兄の正室であった足利氏姫が頼氏と再婚することで足利氏後裔喜連川氏の名跡を継いだ。
  • しかし天正20年、文禄の役に赴く途上にあった嫡男・親氏が急死、自身も朝鮮半島に赴く途上の文禄2年に長門で兄に先立って急死した。
  • 益州へ赴く途上、王吉が「先祖よりいただいたこの身体、このような険しい道を行って傷つけることはできない」と言って辞職したという山道に差し掛かった。
  • 寛延2年5月10日、参勤交代のために江戸に赴く途上の周防下松藩内で発病し、そのまま死去した。
  • 慶長5年6月18日、徳川家康が会津征伐に赴く途上大津城に入ったところ、五奉行の長束正家が挨拶に来て、翌朝、朝餉に招待したいと申し出てて家康も馳走になると返答した。
  • 四川に赴く途上、太平天国軍の陳玉成が湖北省に侵入して、随州を陥落させたので、駱秉章の命令で劉岳昭が救援に赴き、陳玉成軍を破っている。
  • 新たな封地である伊予は、父祖河野氏ゆかりの地であったが、直盛は任地に赴く途上の寛永13年8月19日、病のために大坂にて没した。
  • ただし、しばしば、シャルル9世とともにフランス大巡幸を行っていたカトリーヌ・ド・メディシスが、サロン=ド=プロヴァンスに赴く途上で植樹したといわれることがある。
  • 慶安3年閏10月9日、将軍徳川家光が浅草へ鷹狩りに赴く途上で駕籠訴を行い、出仕を願った。
  • 結婚から間もなく、ポルトガル王マヌエル1世と再婚する姉イサベルの婚礼に際してポルトガルへ赴く途上、サラマンカで死去した。
  • 寛永元年6月8日に越前勝山3万石、寛永12年8月1日に越前大野5万石に加増移封され、正保元年には山形15万石と漸次加増を受け、慶安元年6月14日に姫路に国替えを命じられたが、そのわずか2ヶ月後、封地に赴く途上で死去した。