藤原忠清

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  • 為義の最初の妻も白河院近臣・藤原忠清の娘で、長男の義朝を産んでいる。 ...
  • 文治元年、平家の有力家人であった藤原忠清を光員の郎従が捕らえている。 ...
  • 京に入っても総大将の維盛と次将の藤原忠清が吉日を選ぶ選ばぬで悶着があり、京を発したのは29日になってしまった。 ...
  • 伊勢武者の藤原忠清が上総介となって関東に赴任したのは、一種の占領軍司令官的のもので、関東の武士等は恐れて従いました。 ...
  • 三日平氏の乱は鎌倉方御家人佐々木秀義が戦死するなどの激しいものであり、乱そのものが鎮圧された後も、首謀者の一人である藤原忠清などの行方がわからず都は軍事上の不安を抱えている状態だった。 ...
  • 一方、上総氏は訴訟の当事者ではなかったために、相馬御厨に関する権利を完全に否定された訳ではなかったが、実際には一族内の内紛や上総本国において平家によって派遣された上総介藤原忠清との争いに巻き込まれ、相馬御厨奪還の動きまでは手が回らなかったとみられている。 ...
  • 侍大将という役割は平安時代、治承・寿永の乱の頃より見られ、平家軍の藤原忠清なる侍大将がいたことなどが知られる。 ...
  • 母は白河院近臣である藤原忠清の娘。 ...
  • 南都に防御の間を与えず直進しようと言いつのる重衡・維盛に対し、同行した維盛の乳母父・藤原忠清は「若い人は軍陣の子細を知らず」と諫めて制止している。 ...
  • 母は白河院の近臣で淡路守・藤原忠清の娘。 ...
  • 後白河は激怒して清盛に経宗・惟方の捕縛を命じ、2月20日、清盛の郎等である藤原忠清・源為長が二人の身柄を拘束、後白河の眼前に引き据えて拷問にかけた。 ...
  • 保元の乱における源為義・平忠正、平治の乱における源義平・藤原信頼、治承・寿永の乱では平能宗・藤原忠清、山崎の戦いにおける斎藤利三、関ヶ原の戦いにおける石田三成・小西行長・安国寺恵瓊、大坂の陣における長宗我部盛親・豊臣国松らをはじめとする豊臣方の残党など、著名な武将や政治家がここで最期を迎えている。 ...
  • だが、その矢先の元暦元年7月、平田家継・藤原忠清ら伊勢・伊賀の平氏家人が軍事蜂起する。 ...
  • 平信兼・藤原忠清は行方をくらました。 ...
  • 上総介・藤原忠清の嫡男。 ...