糸瓜
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名詞
177 の例文
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どつしりと尻を据えたる南瓜かな と云う句も其頃作ったようだ。同じく瓜と云う字のつく所を以て見ると南瓜も糸瓜も親類の間柄だろう。親類付合のある南瓜の句を糸瓜仏に奉納するのに別段の不思議もない筈だ。
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そのうへへ 世のなかをなんのへちまと思へどもぶらりとしてはくらされもせず とかき急須みたいな書判をしてとみかうみしてたが、不意にからからと笑つて 「さあ、これをあげるであちらへもつておいで」 といつて硯を棚にのせ、筆を洗ひ、さつさと金剛座へ帰つてもとの石仏になつてしまつた。私は木から落ちた猿のやうにすごすごと糸瓜の絵をもつて家へ帰つた。老僧がなくなつたのはそれから三年ばかり後のことであつた。
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家體の上のかたは奧の間のこゝろにて出入の襖あり。庭に面せる方は簾をたれたる半窓にて、窓の外には糸瓜のぶら下りし棚あり。庭の下のかたに低き垣の枝折戸、垣のほとりには秋草咲けり。
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あの例の一件じゃございませんか?つまりなんですか、糸瓜の一件、垢すり糸瓜の一件じゃございませんかね?
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お前と死にわかれる年の秋まで、何度僕はこんな風な小さな眺めのなかに時の流れを嘆じただらう。家の窓のすぐ外に糸瓜はみのり、それがさわさわと風に揺れてゐた。あれは、まだその儘、いたるところに残つてゐるではないか。
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唐蜀黍もよく熟したが、その当時わたしは胃腸を害していたので、それを焼く煙をただながめているばかりであった。糸瓜も大きいのが七、八本ぶら下って、そのなかには二尺を越えたのもあった。郊外の冬はあわれである。
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芭蕉が古池に蛙を飛び込ますと、蕪村が傘を担いで紅葉を見に行く。明治になっては子規と云う男が脊髄病を煩って糸瓜の水を取った。貧に誇る風流は今日に至っても尽きぬ。
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生け垣をぬけて行くと、母屋が表と裏の庭を区切るように崖の方へ迫り出ている。その崖際を過ぎた私の眼に、糸瓜棚の下の縁側で私を待っているらしい由吉の姿が見えた。
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いつしか陽も傾きかけていたが、家は見事に焼け落ち、類焼がなかっただけ増しと思う。代わりに屏風を載せた糸瓜の棚が小さなあばら家になっていた。空の四方からは黒煙が上がり、道路からは車のクラクションやら、自転車のブレーキ音、阿鼻叫喚。
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同じく瓜と云う字のつく所を以て見ると南瓜も糸瓜も親類の間柄だろう。親類付合のある南瓜の句を糸瓜仏に奉納するのに別段の不思議もない筈だ。そこで序ながら此句も霊前に献上する事にした。
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唐蜀黍もよく熟したが、その当時わたしは胃腸を害していたので、それを焼く煙りを唯ながめているばかりであった。糸瓜も大きいのが七、八本ぶらさがって、そのなかには二尺を越えたのもあった。郊外の冬はあわれである。
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長い顔がいっそう長くなった。二人は、銀田の家の庭にある糸瓜棚の下で、麦茶を飲みながら雑談をしていた。きょうは日曜日で、銀田は休みだった。
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六十七になって寝られなくなるなあ当り前でさあ。修業も糸瓜も入ったものじゃないのに当人は全く克己の力で成功したと思ってるんですからね。
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「青ペン」と言うのは亜鉛屋根に青ペンキを塗った達磨茶屋です。当時は今ほど東京風にならず、軒には糸瓜なども下っていたそうですから、女も皆田舎じみていたことでしょう。が、お松は「青ペン」でもとにかく第一の美人になっていました。
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蔵は無事だったが、次の揺れで崩れるかもしれない。この頼りない糸瓜の下が一番安全なように思われた。また「ここに居なさい」と云うと、蔵へと取って返し、残りのノートと机も下ろす。
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糸瓜の皮で掻廻す どうともなれという気で、何でもかまわずかき鳴らす。
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社員十数人の会社で、イメージも糸瓜もあるものか。次の会社は、アメリカ人の数の方が多い貿易会社だった。
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