立派な芸術家
17 の例文
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なぜならこの人たちはみんな立派な芸術家だとおもったからです。さて、私の頭はずんずん奇麗になり、疲れも大へん直りました。
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むしろその笑いは、騒がしいものになる。チャップリンは、二巻物の時代だけでも立派な芸術家であったのだ。いつであったかセルバンテスのドン・キホーテは最も悲しい文学であると、アメリカの誰かが賞讃していたのを記憶している。
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むしろその笑ひは、騒がしいものになる。チャップリンは、二巻物の時代だけでも立派な芸術家であつたのだ。いつであつたか、セルバンテスのドン・キホーテは最も悲しい文学であると、アメリカの誰かが賞讃してゐたのを記憶してゐる。
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僕が今までに知っている芸術家で個人的に愉快なのは、へぼ芸術家なのだ。立派な芸術家は単に作品の中に存在するだけで、その結果、人間的には全然面白くない。
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決してそうじゃない。あなたは間違いなく立派な芸術家で、いずれはみんながあなたを認めるようになる、わたしはそれを信じています。けれどもあなたが家庭というものに縛られ、わたしとエミイとに責任を持って下さる限り、あなたにはあなたの芸術を延すだけの余裕がない。
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伊吹さんは画家。立派な芸術家ですよ。園山さんは学者。
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馬鹿にしてるね。美容師だって、今は立派な芸術家なんだよ。ヘア・メイク・アーチストって言ってね、外国では非常に高級な職業なんだ。
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きっと松下慶山は立派な芸術家だったに違いない。
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問題はその創意の演出に現はれる表現の如何である。それに依つて、その役者が立派な芸術家であるか、或ひは、単なる一箇の芸人に過ぎないかが決定される。今日われわれは多くの芸人を見るけれども、果して真の芸術家の幾人存在するかを知らない。
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今川にとって蒔絵は立派な芸術だ。ならば蒔絵師も立派な芸術家ではないか。新しい道を模索することのどこがいけないのか。
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美佐子が画廊に来ていはしないかとふと想像した。しかし何かが彼の腰を重くし、藤代氏と向かい合うように席を変えて、立派な芸術家ですね、秋田さんは、と言った。相手はかすかに頷いたが、口から出て来たのは彼をびっくりさせるような質問だった。
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ピアニストでもバイオリニストでも、また指揮者でもよいが、ステージに立って、万人の鑑賞に耐える演奏をすることができるならば、その人はプロである。さらに、単にプロであるだけでなく、音楽というもののあり方についてそれなりの見識をもち、それが演奏の深味となってにじみ出るならば、その人は立派な芸術家だといえる。自分は演奏に関しては自分自身が楽しめるだけ、すなわちアマの域を脱しないが、しかし音楽全般にわたって広い知識をもち、音楽がいかにあるべきかという哲学をもっている。
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陳列所も何コマか仕切って自分の作品だけ見せている。もう竹屋の職人じゃない、立派な芸術家だ。ようし、おれも銘を入れられるような作品を作る芸術家になってやろうと発奮したね。
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しかるに法制上の真の賤民の多数は、つとに解放せられて、中には大名とも武士ともなったのが少くなく、そうでないにしても、いずれも解放されて、今日はみな普通民の中に混り込み、何ら区別されぬものになっている。そしてこれに代って穢多・非人が、賤民視されることになりましたが、その非人と言われる中にも、既に室町時代以来だんだん解放されて、最後まで河原乞食などと賤まれた俳優でも、今日は立派な芸術家として、よい身分の人々までが自らその仲間になる世の中になっております。万歳・春駒などの雑芸者の仲間や、ハチヤ、番太などの中には、まだ解放されずにいる者もありますが、世間のこれに対する感じはだんだん薄らいでいる。
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そしてステージに立ったら精一杯の力を出して、愛と真心と誠実な心を籠めて、お客様が感動するような立派な芸術を示さねばならぬ、と考えました。歌右衛門のお芝居を観てサラベルナールを想い出し、そしてこの有名な立派な芸術家の芸の力をお手本にせねばならぬと、しみじみ感じた次第でございます。サラベルナールと歌右衛門の芸の力に感動し、敬服したのと正反対の思い出がございます。
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その他比較的後までも、河原者とか、河原乞食とか呼ばれて、賤視された人形遣い、すなわち道薫坊の徒の如きは、つとに日向掾などの受領を得て、今で云えば地方庁の高等官の資格を獲得していたものがあり、また歌舞伎役者の如きも、今では立派な芸術家として、何人もこれを嫌がるものがない程になっている。その他の非人と呼ばれたものの中にも、段々足を洗って、或いは社会から消えてしまい、或いはそのままに世間の疎外を免れたものが甚だ多いのである。
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