田村顕盛
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清顕には男子がいなかったため、1586年に清顕が急死すると、清顕の後室を立て、家中が一致結束し自存していく方針を血判し確認した。しかし、頼みの綱である伊達政宗と愛姫の不仲が伝えられていたこともあり、清顕後室が相馬氏の娘であった関係から相馬氏を頼ろうとする相馬派が、小野新町城主田村顕盛を筆頭として台頭し、清顕の遺志を尊重し伊達氏を頼って、愛姫に子が誕生するまで自存するとした伊達派と対立した。このような中、1588年に田村領を狙った相馬義胤が、田村家中の相馬派と結んで三春城入城を企てた。
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陸奥国の田村氏に仕えた重臣で、主君・田村清顕の娘・愛姫が伊達政宗の正室として嫁いだ際、自らの娘が愛姫の侍女として付き従うなど重用された。清顕の死後、田村家でお家騒動が起こると、田村一族の長老である田村顕盛と共に相馬義胤方に与し、伊達政宗に与した田村顕頼と対立した。しかし伊達軍の攻撃を受けて、天正17年に下枝城の戦いで戦死した。
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