玉海

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  • 玉海型は、玉連型の後継艦として開発された中型揚陸艦であり、1995年に1番艦が完成した。 ...
  • 玉海は大體この辭學のために出來たのである。 ...
  • 文獻通考は王應麟の玉海が詞學のために作られたのに對して、當時の策學のために出來た。 ...
  • 諸史書には始建王を自称したとあり、元号とはしていないが、『玉海』では独自の元号として記録されている。
  • 撰者は、南宋を代表する儒学者であり、「玉海」などの撰者としても著名である。 ...
  • これらは宋代の史學の大體であるが、宋末より元初にかけて注目すべきものは王應麟の玉海と馬端臨の文獻通考とである。 ...
  • しかし、二条良基が実子の経嗣を養子にすることに成功して『玉葉』などの一条家に伝わる文書の写本を得ることが出来たと言われているため、『玉海』の呼称は良基が始まりとする説もある。 ...
  • 玉海に拠れば、宋の仁宗の天聖五年に此書が摹印もいん頒行せられた。 ...
  • 彼は高似孫より後の人であるから、その影響を受けたのであらうが、王應麟が大學者で、名聲高く、又玉海が大いに世に行はれた爲めに、この學風は彼が元祖のやうに考へられてゐるが、その前に高似孫のあることを忘れてはならぬ。 ...
  • 後継艦は、玉海型である。 ...
  • 江戸時代、二条家系の写本が紅葉山文庫に収められたこともあり、水戸藩が大日本史を編纂する時は『玉海』の名で記載された。 ...
  • このうち『玉海』については、同じ五摂家の二条家が『玉葉』という名称を用いず『玉海』と呼んだのが始まりとされる。 ...
  • その目録學に關する考は、玉海の中の藝文類にある。 ...
  • 著書は全部で700巻に達し、『玉海』・『困學紀聞』など後世の歴史学に貢献している。 ...
  • 源平盛衰記には、玉海ぎよつかい、平家物語も等しく掠奪劫盗ごうとうさまを書き立てている。 ...
  • 屋島落ちの平家が、壇ノ浦に亡ぶ前、その途中、厳島へ立ち寄ったにちがいないということは、初めぼくの想像だけで書いていたのだが、ふと“玉海”の中にその確かな史料を見出して近ごろひそかにうれしかった。 ...
  • 度宗の時には『黄氏日抄』の黄震、『玉海』『困学紀聞』で知られる王応麟がいる。 ...
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