独自の元号

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  • そのため、時の王朝に対する反乱勢力はしばしば独自の元号を建てた。
  • 前涼では晋朝の元号を使用しているが、唯一独自の元号を使用した例である。
  • 新羅でも650年までは独自の元号が用いられていた。
  • 高麗も第4代の光宗までは独自の元号が用いられたが、その後は中国の元号を用いた。
  • また、時の政権に何らかの批判を持つ勢力が、密かに独自の元号を建てて使用することもあった。
  • またこの昭和62年は聖なる年とされ、この年を聖日元年とする独自の元号が制定された。
  • この手法自体は東アジアで広く行われてきたが、日本独自の元号を使うため、和暦は日本固有となる。
  • さらに楚の皇帝を僭称して、独自の元号として太平を立てた。
  • 諸史書には始建王を自称したとあり、元号とはしていないが、『玉海』では独自の元号として記録されている。
  • 朱以海は皇帝に即位しなかったため、独自の元号も建てずに称号の「監国」をそのまま使用した。
  • 第二次世界大戦後は、終戦直後に宗教団体・璽宇の教祖・璽光尊が天皇になったと宣言して教団国家を作り、独自の元号を定めた事がある。
  • 燕王あるいは燕帝を自称していないが、独自の元号を立てて自立しており、実質的な西燕の建国者とされている。
  • 張祚の時代の354年に皇帝を僭称して和平という独自の元号を建元して百官を設置して完全に自立したが、これはわずか1年で張祚が殺害されると全て元に戻された。
  • 文王は渤海歴代の王たちがそうだったよう即位当時から大興、774年から宝暦、780年代に戻って大興と独自の元号を使用しており、唐と同等の帝国を目指していた。
  • 建国者の高永昌は皇帝を自称し、国号を大元、更に独自の元号として隆基を建元した。
  • なおトルファンにおいて白雀の元号が記された出土品が発見されているが、これに関しては後秦の元号とする説と、高昌国独自の元号とする説がある。
  • 例えば、日本において過去に存在した独立国家の定義のひとつとして「独自の元号の使用」があるが、本論においてはほとんど俎上に載らない。
  • このため、朝鮮独自の元号は少ない。
  • 中国で言う倭王とは実は磐井王のことで、倭国政権すなわち九州王朝では独自の元号や外交主権等を持ち、むしろ倭国政権に対して反乱を起こしたのは外交権を独占しようとする継体側だったとする説がある。
  • ベトナムでは、中国から独立した970年から独自の元号が用いられるようになり、1945年の阮朝滅亡まで続いた。
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