犬山城主

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  • それは犬山城主としてではなく関白の親としてでもなかった。 杉本苑子『影の系譜 豊臣家崩壊』より引用
  • 犬山城主の石川貞清が大坂方についていたからである。 茶屋二郎『遠く永い夢(下)-関ヶ原 戦勢逆転の真実-』より引用
  • 播隆はすぐ犬山城主成瀬正寿と差し押えられた鎖のことを思い出した。 新田次郎『槍ヶ岳開山』より引用
  • 余の望みは尾張家の犬山城主ではなくして、犬山藩主成瀬正寿になることだ。 新田次郎『槍ヶ岳開山』より引用
  • 初め、尾張の犬山城主織田信清に仕えて岩倉織田氏と交戦している。
  • 江戸時代、市域は尾張藩、犬山城主成瀬氏、および寺社の領地であった。
  • 隆旺の心の底には師の播隆を犬山城主成瀬正寿に売りこんだのは自分だという気持が動いていた。 新田次郎『槍ヶ岳開山』より引用
  • 以後も信長に仕えており、永禄4年6月に発生した犬山城主織田信清の反乱を鎮圧する戦いにも従軍している。
  • 犬山城主であったとの記録がある。
  • 犬山城主に対してではなく、公儀と尾州家に対してだ。 山田風太郎『忍法破倭兵状 ―山田風太郎忍法帖短篇全集(3)』より引用
  • 芝山長兵衛の建てた寺の住職になり、また、犬山城主成瀬家の庇護を受ける身となった自分が不思議に思われてならなかった。 新田次郎『槍ヶ岳開山』より引用
  • 犬山城主の成瀬正寿が槍ヶ岳に懸け下げる鎖を寄進すると云い出したから、その鎖の太さや長さなどについて、もっと具体的な調査を行うためだった。 新田次郎『槍ヶ岳開山』より引用
  • 岩倉織田氏の内紛を見た信長は信賢との戦いに備え、父織田信秀死後独立勢力化していた犬山城主織田信清に対し、自分の姉・犬山殿を嫁がせ味方に組み入れた。
  • その後、慶長17年に徳川家康の命令で犬山城主の成瀬正茂によって現在地に移転する。
  • 秀次が改易された織田信雄の旧領を与えられて大名となると、吉房も尾張犬山城主に取り立てられる。
  • その後犬山城主織田信清の弟・広良が城主となるが、永禄5年に広良が美濃斎藤氏との軽海の戦いで戦死、信清の家臣である和田新助が城主となった。
  • 一説に父とされる織田敏信の死後、その跡を受けて岩倉城主なるが幼かったため、織田大和守家の家臣筋にあたる清洲三奉行の一家・織田弾正忠家当主・織田信秀の弟で犬山城主・織田信康の補佐を受けたというが定かではない。
  • 武家商人として飛騨国から三河国まで広範囲の商圏を有し、犬山城主・織田信清に属していた。
  • 犬山城主に成瀬正成がついた1618年以降、木曽街道の往来が活発化し、食品や日用品を販売する市が立つようになり、志水の地も発展していった。
  • 以後は楽田織田氏の居城となったが、織田寛貞の代に、永禄初年に尾張で最大勢力となった織田家末流の織田信長についた犬山城主織田信清に攻略され、信清の出城となった。
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犬山城主 の使われ方