漸く自分
32 の用例
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三千代は漸く自分の言ひたいこと以外の話題に気付いた様子であつた。
坂口安吾『狼園』より引用
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真の誓いは真心の上にのみ打立てられることを知らない者に、災あれ。
張金田から誓いを求められたことによって、私は漸く自分の力を知った。
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豊島与志雄『画舫』より引用
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陵は皇帝の墳墓の呼称である。
入鹿は大臣蝦夷が、漸く自分の考えに同調し始めたのを知って満足した。
来年こそ、父蝦夷の代理として倭国の政治を執ろう、と入鹿は考えていた。
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黒岩重吾『落日の王子 蘇我入鹿(上)』より引用
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秋田は漸く自分の来意を告げなければならない時に来たことを知った。
森村誠一『分水嶺』より引用
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私自身は私の家の内から外を常に眺めて暮しているから、花壇も温室もガレージも、オートバイも皆、私のものではない事がよくわかっている。
そして、ただ私のアトリエだけが漸く自分自身のものであるに過ぎないのだ。
本当は、私は自分の衣食住に関しては、非常に気むずかしく、神経質で気ままで、自分の考え以外の事は決して許したくない性質を持っているのであるが、自分にはそれを徹底させるだけの資力も根気もないので、何もかもをあきらめて衣食住の一切は成り行き次第の流れのままにまかせてある。
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小出楢重『めでたき風景』より引用
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自分はあまりに妻を見つめ過ぎた、とそう岸本が心づいた時は既に遅かった。
彼は十二年もかかって、漸く自分の妻とほんとうに心の顔を合せることが出来たように思った。
そしてその一言を聞いたと思った頃は、園子はもう亡くなってしまった。
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島崎藤村『新生』より引用
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雑嚢を肩からかけた勇吉は、日の暮れる時分漸く自分の村近く帰って来た。
村と言っても、其処に一軒此処に一軒という風にぽつぽつ家があるばかりで、内地のようにかたまって聚落を成してはいなかった。
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田山花袋『トコヨゴヨミ』より引用
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低級な利害観を持つ人々は、彼をアルミダの園から引き出し、悪臭紛々たるぬかるみに押しやる。
かくて彼らは、詩人をいらだたせることで漸く自分たちの方へ注意を向けさせることができるのだ。
感動的な夢想で魂をやしなう習慣と、俗物にたいする嫌悪とによって、大芸術家は恋愛のきわめて近くにいる。
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スタンダール/白井浩司訳『恋愛論』より引用
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だが、房一の所へはなかなか来なかつた。
大部分の客が席に居並んだ頃になつて、房一は漸く自分を呼ぶ直造の稍しやがれた声を聞いた。
膳が運ばれるまでの間、皆は行儀よく坐つておたがひに向ひ合つた顔を見くらべてゐた。
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田畑修一郎『医師高間房一氏』より引用
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大体、罹災者の世話もすんだし、復興の早い店は、もう、以前と同じ新築の店で商売をはじめている。
もう、他人のことはいいだろうとみきわめをつけて、新吉は漸く自分のために働き出した。
それまでの新吉の生活はゆいの野菜売りや賃仕事でまかなわれていたのである。
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平岩弓枝『ちっちゃなかみさん』より引用
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が、一番端近かの、居睡りしつづけている鉄道局の制服をきた老人の傍に坐り、近い山や森さえなんにも分からないほど雪の深い高原の真ん中へ汽車がはいり出した時分には、皆はもう彼女の存在など忘れたように見向きもしなかった。
菜穂子は漸く自分自身に立ち返りながら、自分の今しようとしている事を考えかけようとした。
彼女はそのとき急に、いつも自分のまわりに嗅ぎつけていた昇汞水やクレゾオルの匂の代りに、車内に漂っている人いきれや煙草のにおいを胸苦しい位に感じ出した。
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堀辰雄『菜穂子』より引用
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然し主命もだし難しで不得已嘘をついた。
まず大抵ここら当りだろうと遠くの火事を見るように見当をつけて漸く自分の部屋へ引き下った。
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高浜虚子『漱石氏と私』より引用
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土の精が今宵私を訛して他界からの親しらしい挨拶で私の魂を奪はうとするのではなからうか。
私は疲れた足をひいて漸く自分の家へ辿りついた。
床をのべてそして静かに身を横へた。
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中沢臨川『愛は、力は土より』より引用
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己はあの時に再生した其気力を使役してゐる。
あの女は漸く自分の境遇に安んずる態度を示して来た。
そこで己は女を密室から出した。
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レニエ・アンリ・ド『復讐』より引用
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やがて草は笹に変った。
最後の岩塊を避けて右へと抜け出ると、急に傾斜がなくなって、漸く自分たちが国境線の尾根筋に出たことを知った。
巻上がる霧の中にぼんやりと浮ぶ茂倉岳の肩の辺を、赤々とうるんだ夕陽が沈んで行く。
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小川登喜男『一ノ倉沢正面の登攀』より引用
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彼女は長い三年の間自分に宛てて書くことを忘れなかったと書いた。
漸く自分の帰国の日が来た。
旅は自分の生活を変えたばかりでなく物の考え方をも変えさせた。
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島崎藤村『新生』より引用
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甥である当主が歿って、子供もないところから、漸く自分に主人の座が廻って来た。
平岩弓枝『御宿かわせみ 21 犬張子の謎』より引用
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これはホントにさうだと私は思つた。
すくなくとも私のやうな頼りない人間は、自分の作品のあとでのみ、漸く自分の生活が固定する、或ひは形態化する、といふ感が強い。
尤も私は自分自身のことを決して直接描こうとしない男であるが、それにも拘らず、私は作品を書くことによつて、漸くそこに描かれた事実が私自身の生活として固定し、或ひは形態をとつたのだといふ感が強いのである。
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坂口安吾『文章その他』より引用
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とすれば、伊勢殿の仕打はまったく大頭に対する厭がらせということになる。
待ちに待ち、苦労に苦労を重ねて漸く自分の手に落ちた姫君を、鼻の先で掻っ攫ったまま、顔さえ見せてくれようとはせぬ。
鈴鹿山に行きさえすればと、二言目には言う。
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福永武彦『風のかたみ』より引用
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再び巴里を見るのは何時のことかと思って出て来たあの都の方へもう一度帰って行く楽しみを思い、新しい言葉の世界が漸く自分の前に展けて来た楽しみを思い、ボルドオから岸本は夜汽車で発った。
今度帰って見たらどういう冷い風があの都を吹き廻しているだろう、幾人の同胞に逢えることだろう、と彼は思いやった。
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島崎藤村『新生』より引用