毀誉褒貶

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  • これには毀誉褒貶きよほうへんがあったが、おおかたの外国人の意見は、日本側に反対意見が強かったというものである。 養老孟司『涼しい脳味噌』より引用
  • 毀誉褒貶の多い人だけに友人は少なく、終生の友として成島柳北の名があげられる。
  • 美紀子にとって、彼らは地上の毀誉褒貶きよほうへんから隔絶された純真な山男であった。 森村誠一『日本アルプス殺人事件』より引用
  • 世の毀誉褒貶きよほうへんを気にする性であった。 吉川英治『三国志』より引用
  • 芝居の世界における毀誉褒貶きよほうへんは日常茶飯の事で、その世界にいて仕事をしてきたものだから、賞に落ちたからといって、がっかりすることもなかった。 池波正太郎『おおげさがきらい (池波正太郎未刊行エッセイ集1)』より引用
  • そのため他人の毀誉褒貶を避けて天上界に住んでいたために、仏の入滅を知らなかったといい、彼はそれを聞いて知ると自身の身体を焼いて入寂したという。
  • 英雄の人物を論ずといふか英雄は毀誉褒貶の集まる所尊崇と罵詈と交々至る。 津田左右吉『史論の流行』より引用
  • ひとたび、「二人の勝海舟」が世に出ると、果然、毀誉褒貶きよほうへんが相半ばした。 斎藤栄『まぼろしの完全犯罪』より引用
  • 従って、名人論、非名人論、古くから毀誉褒貶きよほうへんのなかに彼の名はただよわされて来た。 吉川英治『随筆 宮本武蔵』より引用
  • しかし、その「司馬史観」についてはさまざまな毀誉褒貶が生まれている。
  • 毀誉褒貶きよほうへん一切合財いつさいがつさいを、この一番で土俵下へ体もろとも投げ捨てた。 もりたなるお『金星 相撲小説集』より引用
  • さもない間の毀誉褒貶きよほうへんなど、心にかけることもあるまい。 吉川英治『上杉謙信』より引用
  • 倉島によると毀誉褒貶のある人物であったというが、政治的手腕や大局的なものの見かたなどでは他の棋士の追従を許さなかったという。
  • 見えを飾り、人の聞えを気にするたちの人なら知らぬこと、良人は、そんな毀誉褒貶きよほうへんに心を左右されるお方ではありません。 吉川英治『新書太閤記(三)』より引用
  • 経験主義の農家との対立など理想を求めた岩野に対して毀誉褒貶は激しいが彼の存在なくして「十勝」のワインが存在しなかった点も忘れてはならない。
  • この時からユーゴスラビア人中にゴルヴィッチの毀誉褒貶が始まった。
  • その一方、社会主義社会においてとかく硬直的になりがちだった文化政策がフルツェワのおかげで豊かになったとする評価もあり、その評価は毀誉褒貶が激しい。
  • 自分や相手に興味のない知識を人に伝達することは決してあり得ないので、何かの関心と利害とを伴った知識だけが世間社会で伝達されるのだが、その際必ずその知識内容である事実に就いての、感想・毀誉褒貶、即ち評価・批評が吐露される。 戸坂潤『思想としての文学』より引用
  • 二世議員が多くなってきて、それについては、毀誉褒貶きよほうへんあるが、栗山みつぐは、評判のいい方だった。 西村京太郎『越後湯沢殺人事件』より引用
  • 渡辺の生涯は、常に振幅の激しい毀誉褒貶の噂に包まれ、ジャズ界でも最も特異な人物の一人に数えられている。
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