毀誉褒貶の多い

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  • 毀誉褒貶の多い人だけに友人は少なく、終生の友として成島柳北の名があげられる。
  • 毀誉褒貶きよほうへんの多い専制君主で、日本史に現われた最初の個性的人格、という指摘もある。 阿刀田高『楽しい古事記』より引用
  • 支持政党はイタリア社会党であり、最も偉大なイタリアの政治家として毀誉褒貶の多い人物であると認めながら、イタリア社会党の書記長を務めたベッティーノ・クラクシの名を挙げている。
  • しかし毀誉褒貶きよほうへんの多いその大川一郎が、死亡した途端、識見、人徳ともに惜しむべき政治家として褒め讃えられ、英雄視されている。 山崎豊子『華麗なる一族 中』より引用
  • なかなか毀誉褒貶きよほうへんの多い人物であり、ことに家光の乳母として出仕する際、稲葉佐渡守正成はそれに反対し、幕府は稲葉佐渡守に多額の加増を与えようとして拒否され、のち稲葉佐渡守は局を離縁した。 光瀬龍『寛永無明剣』より引用