権介を兼ねる

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  • 長治2年にはさらに院の御給で従四位下に叙せられ、伊予権介を兼ねた。
  • 文治5年にはさらに正四位下・左近衛権中将に叙任され、美作権介を兼ねる。
  • 長元6年正五位下、長元8年従四位下に叙せられ、長元9年播磨権介を兼ねる。
  • 同年3月12日、加賀権介を兼ね、12月26日には右中将に任ぜられる。
  • 天暦8年美濃権介を兼ね、翌天暦9年村上天皇の五位蔵人となる。
  • 文暦2年正四位下・右近衛中将に叙任され、美濃権介を兼ねる。
  • 文応元年3月29日、下野権介を兼ね左中将に任ぜられる。
  • 永祚2年に少納言となり、次いで従五位上・紀伊権介を兼ねる。
  • 建久3年美濃権介を兼ね、建久5年従五位上に叙された。
  • 保安4年1月22日、加賀権介を兼ね、同月28日には新帝の昇殿を許される。
  • 翌貞観2年近江権介を兼ねる。
  • 左近衛中将を経て、文永3年能登権介を兼ねる。
  • 正元2年3月29日、武蔵権介を兼ねる。
  • 寛喜3年1月29日、美作権介を兼ね、同日左少将に任ぜられる。
  • 昇進は通常より遅れがちで、寛元5年従四位上、建長6年に正四位下となると、正嘉2年に左近衛中将に任ぜられ、正元2年に出羽権介を兼ねた後、文永6年5月1日、従三位に叙せられて公卿に列した。
  • 長承3年2月22日、備中権介を兼ね、同年3月7日には右中将に任ぜられ中宮権亮を兼ねる。
  • 天喜6年左中弁に転じ、康平3年美作権介を兼ねた。
  • 文徳朝に入り、仁寿3年22年ぶりに昇進して従五位上・刑部大輔に叙任され、翌仁寿4年伊勢権介を兼ねる。
  • 文永元年1月13日、相模権介を兼ねる。
  • 貞永元年1月30日、三河権介を兼ねる。