本太平記

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  • 吉川さんが書かれた宮本武蔵にしても、平清盛にしても、それからいま毎日新聞に書かれている私本太平記に出て来る足利尊氏にしても、自然人ですね。 海音寺潮五郎『さむらいの本懐』より引用
  • その風潮に対して、吉川英治は戦後、『私本太平記』において足利尊氏をそれまでのイメージと違う新たな解釈を加えて南北朝時代を小説化した。
  • 思うに、学者がそれをいわないのは、傍証の史料を欠いてるためだろうが、さりとてそれをいま「私本太平記」のここでは無視するわけにはゆかない。 吉川英治『私本太平記』より引用
  • 平成3年にはこの『私本太平記』を原作に、NHK大河ドラマ『太平記』が放送された。
  • さだめし後醍醐も地下で苦笑しておいでだろうが、私本太平記の筆者としても、いったい、どっちへ天皇をお流ししてよいものやら頭がいたい。 吉川英治『随筆 私本太平記』より引用
  • 体力的に、若いころのように書きまくれなくなったのではないかという解釈もあろうが、晩年、『新・平家物語』や『私本太平記』と、四つに取り組んでいた父の姿を考えると、そうではないと思う。 吉川英明『父 吉川英治』より引用
  • この七年後、父は、『私本太平記』、『新・水滸伝』と、ほとんど休みなく書き続けて世を去っているから、この時、無理をしてでも四半自叙伝を残しておいてくれてよかったと私は思っている。 吉川英明『父 吉川英治』より引用
  • だが私のばあい、また「私本太平記」にかぎっていえば、これには、新聞小説でありつつもあたうかぎりな史実を踏襲とうしゅうしてゆきたいとおもっているし、これまでもその点はずいぶん稿外の時間と労をついやしてきた。 吉川英治『随筆 私本太平記』より引用
  • 私はここ二年ほど、まだ続掲中ではあるが、新聞小説の欄で、「私本太平記」というものをこころみている。 吉川英治『随筆 私本太平記』より引用
  • その前に、その毎日新聞の松本昭氏にも会って、父が『私本太平記』を終わったら、心機一転、断食をするといっているということも聞いていた私は、まさかガンじゃないかとは書けなかったが、くれぐれも無理をしないで養生するよう父に手紙を書いた。 吉川英明『父 吉川英治』より引用
  • 仮りにもし、この年先生と文子さんの奇遇がなかったとしたら、先生の人生も変っていたろうし、その後に執筆した『新平家物語』『私本太平記』などの大作が、果して生れたかどうか、私はそれ程先生にとって文子夫人の影響は、大きいものであったと思っている。 吉川英明『父 吉川英治』より引用
  • 川端康成氏が、父の死後、『私本太平記』の最後の方は、読んでいても苦しそうだなと思う、という意味のことをお書きになっていたが、『私本太平記』は、まさに気力だけで書き上げたという感じである。 吉川英明『父 吉川英治』より引用
  • その後、吉川英治作の『新・平家物語』・『私本太平記』等の挿絵を担当し絶賛を得る。
  • けれど六百年後の今日、私本太平記の筆者が末孫たる君に巡り会うなどという奇縁からして、そもそも、祖先尊氏の引き合わせかもわからない。 吉川英治『随筆 私本太平記』より引用
  • 連載の「私本太平記」四年めにはいり、湊川を中心に史蹟歩きの要を痛感するも、雑忙容易に腰を上げ得ず。 吉川英治『忘れ残りの記』より引用
  • 「私本太平記」を書きながらもつくづく感じる。 吉川英治『随筆 私本太平記』より引用
  • そして代りに、私本太平記の篇外雑感とか、臨時の史蹟紀行、作品の補遺などにする。 吉川英治『随筆 私本太平記』より引用
  • 父はちょうどその時、『私本太平記』で、後醍醐天皇が隠岐へ島流しとなるところを書いていたが、四月一日の「筆間茶話」にこう書いている。 吉川英明『父 吉川英治』より引用
  • しかしながら「新・平家物語」を書き、今また「私本太平記」を書きながら思うことは、要するに親鸞をつかんで書こうと、平家物語の人間像を書こうと、南北朝時代の群像を書こうと、結局歴史小説でも現代小説でも、自分の表現以外ではない。 吉川英治『親鸞の水脈』より引用
  • 文化勲章受章の後あたりから、家族の心にうっすらとさしはじめ、『私本太平記』の完結と共に現実の恐怖となった我が家の翳も、この年の正月には晴れて、家中が明るさをとり戻していた。 吉川英明『父 吉川英治』より引用
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