最後の大作

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  • 最後の大作である《交響曲第2番》は死後の1958年に初めて出版された。
  • この体験は最後の大作『カラマーゾフ兄弟』の父親殺しのテーマと無縁ではない。 ドストエフスキー/北垣信行訳『罪と罰(下)』より引用
  • メルツバウ作品を制作し続ける為、彼は更にイギリスへ渡るが、最後の大作は未完に終わる。
  • それは「最後の大作日本映画」と呼ばれていた。 山本弘『神は沈黙せず』より引用
  • 晩年に手がけた最後の大作は、死の直前に描きあげたランスの教会における装飾画である。
  • そして、最後の大作『豊饒ほうじょうの海』四部作が書き出されたのも、同じくこの年、四十年の秋であった。 三島由紀夫『金閣寺』より引用
  • 最後の大作『ガラス玉演戯』の宗団もマウルブロンを思わせる。 ヘッセ/高橋健二訳『車輪の下』より引用
  • 死まで2年足らずのときに完成して、ホーマーにとって最後の大作であり、その由来、構図および意味に関してさまざまな解釈のまととなった作品である。
  • 彼はさらに平穏無事な生活のうちに、一八七五年には『未成年』を書きあげ、八〇年には最後の大作『カラマーゾフ兄弟』を完成した。 ドストエフスキー/北垣信行訳『罪と罰(下)』より引用
  • 室内楽の最後の大作となった《弦楽五重奏曲》作品54は、1901年に初演はされたが、出版はされなかった。
  • しかし初演のわずか9日後、チャイコフスキーはコレラ及び肺水腫が原因で急死し、この曲は彼の最後の大作となった。
  • チャイコフスキー最後の大作であり、その独創的な終楽章をはじめ、彼が切り開いた独自の境地が示され、19世紀後半の代表的交響曲のひとつとして高く評価される。
  • こうして、一八七六年には「未成年」を完成、七九年には彼の最後の大作「カラマゾフの兄弟」を書きあげ、一八八一年一月二十八日ペテルブルグで、喀血して永眠したのである。 ドストエフスキー/中山省三郎訳『白痴(下)』より引用
  • しかし最後の大作『フィニガンズ・ウェイク』が二月に本となって出来上った一九三九年の九月には、奇しくも再度、世界は大戦乱を巻き起こしている。 ジョイス/飯島淳秀訳『若き日の芸術家の肖像』より引用
  • この告知の後のフィンジの感慨は、非常に感動的な最後の大作、チェロ協奏曲の第1楽章におそらく反映されている。
  • その後子供たちの生長を扱った「嵐」「分配」を書きましたが最後の大作「夜明け前」を昭和十年に完成し、長篇「東方の門」を執筆中、昭和十八年に歿しました。 中村光夫『明治文学史』より引用
  • 最後の大作は『交響曲第5番』だった。
  • ピサーノの最後の大作は、神聖ローマ皇帝ハインリヒ7世の依頼による、皇帝の亡妻マルガレーテ・フォン・ブラバントの墓碑だった。