日本語スーパー字幕

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  • アメリカ製日本語スーパー字幕があったことなど、まったく問題にしていないのである。 清水俊二『映画字幕の作り方教えます』より引用
  • もっとも、日本語スーパー字幕のことはどんな場合にもあまり大きく扱われたことがない。 清水俊二『映画字幕の作り方教えます』より引用
  • これを試写してみたところ、すでに日本語スーパー字幕が入っていたというのである。 清水俊二『映画字幕の作り方教えます』より引用
  • そのことは私もたびたび書いているが、世間にはまだ日本語スーパー字幕誕生の事情を知らないひとが大ぜいいる。 清水俊二『映画字幕の作り方教えます』より引用
  • 私の仕事は日本語スーパー字幕をつくることだった。 清水俊二『映画字幕の作り方教えます』より引用
  • とにかく、こうして日本語スーパー字幕第2稿の仕事が始まった。 清水俊二『映画字幕の作り方教えます』より引用
  • 予定されていた昨年秋の公開予定を延期して、日本語スーパー字幕の第2稿を作成することになった。 清水俊二『映画字幕の作り方教えます』より引用
  • 私が入社する前、パラマウントは日本語スーパー字幕版を数本つくっていて、内田さんはその仕事をするためにパリから呼ばれていたのだった。 清水俊二『映画字幕の作り方教えます』より引用
  • それから現在までに日本語スーパー字幕が入った外国映画はざっと数えて1万5千本ぐらいあるだろうと思うのだが、そのスーパー字幕をだれがつくったかはほとんどすべてわかっている。 清水俊二『映画字幕の作り方教えます』より引用
  • ここに例を挙げたような英文のせりふをほとんどそのまま、日本語スーパー字幕に置き換えてある。 清水俊二『映画字幕の作り方教えます』より引用
  • みなさんごぞんじのとおり、日本語スーパー字幕はもとの英語のせりふの二分の一から三分の一の長さであるのが普通であるから、原文のせりふの1節が抜けている場合もある。 清水俊二『映画字幕の作り方教えます』より引用
  • 昭和6年、外国映画のせりふが日本語スーパー字幕になって、画面にあらわれるようになってから57年、スーパー字幕の世界で初めてという事件が起こった。 清水俊二『映画字幕の作り方教えます』より引用
  • とにかく、『モロッコ』は初めて日本語スーパー字幕がついた外国映画で、スーパー字幕屋という新しい職業の産みの親、映画説明者という人気稼業を消滅させた張本人なのである。 清水俊二『映画字幕の作り方教えます』より引用
  • パラマウント映画の日本語スーパー字幕は田村さんと私とでつくることになっていたのだが、田村さんのニューヨーク到着が遅れ、1月の中ごろ、やっと到着したときには、私は2本のパラマウント映画の字幕を仕上げていた。 清水俊二『映画字幕の作り方教えます』より引用
  • 私をMGMから引き抜いたのは日本語スーパー字幕の第1回作品『モロッコ』をつくった田村幸彦よしひこさんだった。 清水俊二『映画字幕の作り方教えます』より引用
  • 田村さんは『モロッコ』にスーパー字幕をつけた大先輩で、私たちはいまでも田村さんがきめた日本語スーパー字幕のつくり方にしたがって字幕をつくっている。 清水俊二『映画字幕の作り方教えます』より引用
  • 私たちは日本語スーパー字幕がとりいれられたのが当時のパラマウント日本代表トム・D・カクレンの英断によるものであることを知っているので、『モロッコ』の台本にユニバーサルと大きな文字で記されていると、そんなバカなことが、といいたくなるのだ。 清水俊二『映画字幕の作り方教えます』より引用
  • 初めて日本語スーパー字幕を世に問うのだ。 清水俊二『映画字幕の作り方教えます』より引用
  • 角川書店版「トーキーは世界をめざす」には「字幕スーパーの誕生」という1章があり、みなさん先刻ごぞんじの『モロッコ』に日本語スーパー字幕がつけられた事情が述べられている。 清水俊二『映画字幕の作り方教えます』より引用
  • 昭和21年6月の「キネマ旬報」にセントラル・モーション・ピクチュアについての記事があって、そのなかに『春の序曲』『キューリー夫人』『ラインの監視』の3本は日本語スーパー字幕の入ったプリントが送られてきたが、今後日本でスーパー字幕をつくることになり、田村幸彦が字幕製作を担当する、と記してある。 清水俊二『映画字幕の作り方教えます』より引用