日本国体

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  • 英国人ムイアヘッドは、初めから日本国体というものを知らずにこれを書いたのです。 松本清張『小説東京帝国大学(上)』より引用
  • しかしこの大事業を貫くものは建国の精神、日本国体の精神による信仰の統一であります。 石原莞爾『最終戦争論』より引用
  • しかし、日本国体を信仰するものには戦争の絶滅は確乎たる信念でなければならぬ。 石原莞爾『最終戦争論』より引用
  • 三塩熊太など大日本国体擁護団の連中が云い出した。 松本清張『小説東京帝国大学(下)』より引用
  • その背後には藤沢を動かすことに失敗した大日本国体擁護団と早稲田派の一派がある。 松本清張『小説東京帝国大学(下)』より引用
  • 権藤は、 日本主義者から制度学は古代中国の学問であり、天皇を戴く日本国体に合わないと批判された。
  • 「大日本国体擁護団」というのは、この問題が起ってから牧野を中心に結成されたもので、三塩もその一人であった。 松本清張『小説東京帝国大学(下)』より引用
  • 我らの信仰に依れば、人類の思想信仰の統一は結局人類が日本国体の霊力に目醒めた時初めて達成せられる。 石原莞爾『戦争史大観』より引用
  • 古代支那の文明は今日の研究では、南種に属する漢人種のものではなく、北種によって創められたものらしいと言われているが、その王道思想は正しく日本国体の説明と言うべきである。 石原莞爾『最終戦争論』より引用
  • 国民党や、その背後の大日本国体擁護団がどのようにいきり立っても、政友会の絶対多数という壁はどうすることも出来なかったのである。 松本清張『小説東京帝国大学(下)』より引用
  • 日本国体の霊力が、あらゆる不足を補って、最終戦争に必勝せしめる。 石原莞爾『最終戦争論』より引用
  • 現在も日本国体学会の月刊の論壇誌『国体文化』で里見に関する研究が行われている。
  • 四十四年三月十五日号の「日本及日本人」には「正閏論問題の起源と大日本国体擁護団」という題で、三塩熊太という人が書いている。 松本清張『小説東京帝国大学(下)』より引用
  • 日本国体の真表現だ。 豊田穣『革命家・北一輝』より引用
  • それで明治時代になりまして日本の国体が世界的意義を持ちだしたときに、昨年亡くなられた田中智学先生が生まれて来まして、日蓮聖人の宗教の組織を完成し、特に本門戒壇論、即ち日本国体論を明らかにしました。 石原莞爾『最終戦争論』より引用
  • 人もし宇宙の霊妙な力を否定するならば、それは天御中主神の否定であり、日本国体の神聖は、その重大意義を失う結果となる。 石原莞爾『最終戦争論』より引用
  • この問題を巡って野党立憲国民党や大日本国体擁護団体などが当時の第2次桂内閣を糾弾した。
  • 王道文明は東亜諸民族の自覚復興と西洋科学文明の摂取活用により、日本国体を中心として勃興しつつある。 石原莞爾『最終戦争論』より引用
  • 日蓮主義運動を展開し、日本国体学を創始、推進し、高山樗牛・姉崎正治らの支持を得た。
  • 岩倉のこの考えは、憲法創案者としての伊藤博文に少し柔らげられて受継がれたが、山県などは、それすら日本国体に対する危惧感となっていた。 松本清張『小説東京帝国大学(上)』より引用
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日本国体 の使われ方