新吉原

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  • これをもと吉原と言い、明暦の大火後に浅草へ移ってからを新吉原と呼ぶ。 西沢爽『雑学艶学』より引用
  • 吉原、正確には新吉原であるが、江戸以来の唯一最大の遊里であった。 大江志乃夫『凩の時』より引用
  • 新吉原の土手八丁、そこを二人の若い男女が、手を引き合って走っていた。 国枝史郎『柳営秘録かつえ蔵』より引用
  • それから三十八年目に、浅草へ引き移って、はじめてこれを新吉原というんだ。 麻生芳伸編『落語百選 秋』より引用
  • 最初のを元吉原といい、今のを新吉原というのはこのためです。 海音寺潮五郎『史談と史論(上)』より引用
  • 元吉原から新吉原に持ち越して行われたが、元禄ころには行われなくなった。
  • 新吉原以外の公娼地帯では一層ひどい状況が見られた。 紀田順一郎『東京の下層社会』より引用
  • 移転前の場所を元吉原、移転後の場所を新吉原と呼ぶ。
  • 徳川吉宗は享保6年11月全国の人口調査を命じたが、新吉原の人数の記録がある。
  • 開業後に新たな妓楼が増築され、東京の新吉原同様に事務所が設置されて廓内の整備が進められる。
  • 以前の日本橋の方を元吉原、浅草の方は正式には新吉原と呼ぶ。
  • 新吉原での火災は延宝4年から慶応2年の191年間に22回あった。
  • 最大の遊廓は江戸の吉原で、新吉原ができた頃には300軒近い遊女屋があったと言われている。
  • 蟠松に松竹等を配して風趣を添へたるが如き新吉原に見ざる所なり。 木村荘八『洲崎の印象』より引用
  • また新吉原の人口は約1万人程度である。
  • 新吉原の入口、吉原稲荷の前から大門おおもんまでは石だたみとなっている。 松本清張『小説東京帝国大学(上)』より引用
  • こうして、千束の地に、新たな遊郭たる新吉原が生まれることになり、さらに数百年ののちも同様に続いてゆくことになる。 冲方丁『光圀伝』より引用
  • 引取りを希望するものがあれば下げ渡し、多くは新吉原などの娼婦として使役された。
  • 新吉原大文字楼の娘と結婚した先代の中村芝鶴は堂々と式を挙げて世間をびっくりさせた。 永六輔『芸人その世界』より引用
  • 現在の台東区千束に移転、「新吉原」と呼ばれるようになった。
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