攻め滅ぼす

27 の用例 (0.00 秒)
  • 政宗は須賀川の二階堂氏をも攻め滅ぼし、東北地方の南半分を征服した。
  • 次の武公は即位すると、まず東虢と鄶を攻め滅ぼし、都を新鄭に定めた。
  • この来援をきっかけに、劉秀は王郎を攻め滅ぼすことに成功している。
  • 以後、佐竹氏側について永正元年に義舜とともに山入氏義を攻め滅ぼした。
  • この年、直家は毛利氏と結んでいた三星城の後藤勝基を攻め滅ぼしている。
  • 倭寇の頭目徐海を攻め滅ぼすとき人質となり交渉役となって活躍した。
  • たしかな人質とその三カ国を差し出せば、毛利を攻め滅ぼすことはせぬ。 井沢元彦『日本史の叛逆者 私説・本能寺の変』より引用
  • 翌年には石橋氏の重臣だった宮森城主・大河内備中を攻め滅ぼしている。
  • 長享2年に政親が一揆討伐軍を上げると逆にこれを攻め滅ぼした。
  • 親と名のある道三殿を攻め滅ぼした癩殿らいどのの部下である。 吉川英治『新書太閤記(二)』より引用
  • 高定は命令に従って朱褒を攻め滅ぼしたため、その功績から益州南部三郡を任せられる設定となっている。
  • ハジャン王国をほろぼし、その領土にあった隊商都市を手に入れたことで、この国はたしかに豊かになった。 上橋菜穂子『獣の奏者 Ⅲ 探求編』より引用
  • 父の勝宗は益子氏の庶子であったが、兄の益子勝家親子を攻め滅ぼし家督を継いだ。
  • 反抗的な一族の討伐に乗り出し、まず曽井氏を宮崎城に攻め滅ぼした。
  • 数日後、祝家の三兄弟と欒廷玉が出陣したのを見計って、祝家荘を内から攻め滅ぼした。
  • 紀元前598年、楚の荘王は、夏徴舒の乱に乗じて陳を攻め滅ぼした。
  • 備海督の地位にあった何植は奚煕を攻め滅ぼし、一族を殺害した。
  • セミョーン王は喜んで、 「さあ、今度はインド王を攻め滅ぼしてやるぞ」などと言っていた。 トルストイ/北垣信行訳『トルストイ民話集1「イワンの馬鹿」』より引用
  • 攻め滅ぼすかわりに国を半分以上よこせ、というものだ。 井沢元彦『日本史の叛逆者 私説・本能寺の変』より引用
  • 政宗は、国分の騒乱は政重の政治がよくないせいだと考え、国分を攻め滅ぼそうとした。
  • 次へ »