岡崎城主松平

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  • 世良田元信を松平元康と改名した人物は、いまはこの世になき岡崎城主松平元康の正妻築山殿つきやまどのを形式上の妻とした。 桑田忠親『戦国史疑』より引用
  • また5月に岡崎城主松平清康が今橋城の牧野三成を急襲降伏させたが、清康の迅速な行動に成勝は対応が間に合わなかったという。
  • 織田信秀の西三河進攻に協力しつつ、他方では岡崎城主松平広忠、形原城主松平家広などに娘を嫁がせて、領土の保全を図った。
  • 初点から、家康をば、北条早雲なみの流れ者と仮定することによって、三河の豪族松平宗家の系図や歴代の事蹟を否定し、岡崎城主松平広忠の嫡男元信の存在を抹殺しているのだ。 桑田忠親『戦国史疑』より引用
  • そのうちに、三河国の豪族松平の宗家そうけである岡崎城主松平元康と駿河の今川家との関係を洞察し、永禄三年の四月、十九歳のとき、同志を呼び集め、駿府の今川やかたに人質になっていた元康の幼児竹千代を奪い取り、遠江に遁走した。 桑田忠親『戦国史疑』より引用
  • 水野忠政は緒川から刈谷に本拠地を移し、徳川家康生母於大の方は刈谷城主の娘として、同じく今川氏傘下の岡崎城主松平広忠のもとに嫁いだ。