山城入道道三

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  • 正式には、斎藤山城入道道三と称し、すべての印判もこの称を用いた。
  • 信長にとっては、自分の真価をはじめて認めてくれた岳父、斎藤山城入道道三の所縁ゆかりの寺である。 ...
  • これは、道三の遺言状に「斎藤山城入道道三」とあるから、確かだ。 ...
  • それから、やがて入道して、「山城入道道三」と号している。 ...
  • ときに、勘九郎は、さらに何度か改名したあげく、斎藤山城入道道三と号し、四十九歳に達していたのである。 ...
  • しかも、これまでの罪障消滅のためと称して、例の今泉の常在寺で髪を剃り、山城やましろ入道道三と号し、ひたすら謹慎の意を表した。 ...
  • ついで、信長の父織田信秀は、美濃の大名として名高い斎藤山城入道道三どうさんと和議を結ぶ必要から、平手政秀を使者とし、道三の娘の濃姫のうひめを、信長のよめにもらい受けている。 ...
  • と同時に、利政も、恭順の意を表するために、常在寺で剃髪し、ここに初めて斎藤山城入道道三と号したのである。 ...
  • 「山城」とは斎藤山城入道道三のことである。 ...
  • 山城とは、斎藤山城入道道三のことだ。 ...
  • 一介の油商人の出で、美濃の守護大名土岐氏の重臣に伸し上がった父新左衛門尉の後を継ぎ、遂にはその土岐氏をって美濃五十四万石を奪った一世の梟雄、斎藤山城入道道三と信長が、生涯に交した言葉は名乗りだけであったという。 ...
  • わしの父君は鷺山城にある斎藤山城入道道三にはあらず、さきの美濃守護職、土岐源氏の嫡流、美濃守頼芸殿であることを。 ...
  • 「斎藤山城入道道三殿は長良川畔で土岐義竜と決戦し、奮戦のすえ相果てた」 ということであった。 ...
  • かならずや、この斎藤山城入道道三は、法華妙躰の中にあって、生老病死の苦しみを去り、修羅場においても、仏陀の果報を得るであろうことを、嬉しく思っている。 ...
  • さて、道三の長男新九郎義竜が、父斎藤山城入道道三の息子たちにたいするえこひいきを不満とし、かなりの自信をもって反逆に踏み切ったのは、『信長公記』によれば、天文二十四年の十月十三日のことらしい。 ...
  • また、斎藤道三は、法華坊主から油売り商人になったかと思うと、ふたたび武家を志し、大名となる野心をおこしたり、さらに、西村勘九郎正利、長井新九郎規秀、斎藤左近大夫利政、山城守利政、山城入道道三といった具合に、何度となく姓名を変え、変わり身の鮮やかさをみせ、つねに人物的印象の新鮮さをはかっている。