小豆坊
119 の例文
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あれは湊川の戦で非業の死をとげた楠木正成が、鬼となって念持仏に会いに来るのだともっぱら噂されていた。「若、出よりましたで」 小豆坊がそう知らせたのは七日目の夜だった。前嗣は音無しに弾を込めると、綿を入れて底を厚くした足袋をはいて庫裏に迫った。
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だが小豆坊は半刻ほどで立派な鞍をつけた馬を二頭引き連れてきた。
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山上に開かれた多武峰寺は藤原氏の氏寺でもあり、近衛家との関係も深い。多武峰の修験者である小豆坊が前嗣に仕えているのもそのためである。談山神社には、天下に異変が起こる前には鎌足の神像が破裂するという言い伝えがある。
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右手に握って下段に落とした無造作な構えだが、幾多の戦場をくぐり抜けた者のみが持つ凄まじい殺気を放っていた。こんな武張った相手と正面から争うほど、小豆坊は向こう見ずではない。手綱を引いて馬を返すと、前嗣にうかがいを立てた。
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唐庇の車を使えるのは、太上天皇、皇后、東宮、准后、親王、摂政、関白だけだった。「どなたの車か確かめてくれ」 前嗣は車の外を歩く小豆坊に声をかけた。このような場所に、皇族の方々がお出ましになるとは意外だった。
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前嗣には白刃が朝陽に照らされて稲妻のようにきらめくのが見えたばかりだった。「若、こんな所で何してはるんや」 小豆坊が背後から声をかけた。それを聞きつけた義輝が、刀をおさめて歩み寄った。
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次に懐炉の火を火縄に点じ、火挟みにはさまなければならないが、傷を負った衝撃のせいか体中が凍えたように震えて、右手の自由まで利かなかった。手を借りようにも、小豆坊は敵を防ぐことに忙殺されている。他の客たちは関わり合いになる事を怖れ、船尾の方でひしと身を寄せて震えていた。
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祥子の様子も黄泉の国の有様も、一瞬の間に見た情景だったのだ。「若、飛丸の奴が戻りよりましたで」 小豆坊が庭に面したふすまを開けた。山伏装束をまとった飛丸が、雪の上に片膝立ちで控えていた。
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前嗣は最後の一人が無事に帰るのを見届けると、小豆坊と天狗飛丸を呼んだ。
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何かのはずみで火縄銃が暴発し、小豆坊の頭上を弾がかすめていった。
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ふり返ると、同じように船引きたちに引かれた船が二艘、後ろにつづいていた。石清水八幡宮の森を南に見ながらしばらく進んだ時、小豆坊が急に焦臭い顔をした。
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前嗣は観念した。たとえ鮫皮を撃ち殺したとしても、他の者たちが小豆坊を突き殺すのを防ぐことは出来ない。おとなしく三好邸に出向く以外に、この窮地を切り抜ける手はなかった。
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兜に鮮やかな日輪の前立てを打ち、黒ずくめの鎧を着た松永弾正は、三好家随一の猛将と評判の三好長逸と並んで馬を進めていた。「若、あと一町ばかりですがな」 牛車の外で小豆坊の声がした。前嗣は牛車の前簾を上げさせた。
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だが、前嗣は馬を止めようとはしなかった。大葬の礼の費用のことで頭が一杯で、小豆坊の体調を気づかう余裕を失っていた。
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会って祥子内親王の霊を下ろしてもらい、語り合いたいことがあった。「若、あきまへん」 小豆坊が腹立たしげに船着場の階段を下りてきた。「飛丸の奴、酒が飲めぬなら船には乗らぬとほざきよりますがな」 飛丸はむくれっ面をして、土手の上に仁王立ちになっていた。
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とろんとした目になった三人は、操られるままに境内に入り、神前でかしわ手を打ち鳴らして長々と祈りをささげた。その隙に小豆坊は使者の懐から密書を抜き取り、前嗣のもとに運んだ。社殿の裏で人目をさけていた前嗣は、密書に素早く目を通した。
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前嗣は強い酒をあびたような目まいを覚えながら、自分の力が未熟で弾正の心を読みそこなったのだと思った。あるいは、小豆坊の術に問題があったのではないか。そうとでも考えなければ、今見たことが納得できなかった。
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