小倉織

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  • 江戸時代、領主であった戸川氏によって早沖はい草栽培、帯沖は綿花栽培が奨励され、それぞれ畳表と小倉織・タビ製造が地場産業として培われてきた。 ...
  • 地質は白木綿織等とされ、製式は基本的に2等兵曹以下の夏服と同様だが、襟布は紺小倉織ではなく胴体部分と同じ白木綿織で、袖先・裾の縁を付しない、比較的簡易な作りとされた。 ...
  • 小倉織は、江戸時代の豊前小倉藩の特産物で、縦縞を特徴とした良質で丈夫な木綿布である。 ...
  • 幕末に後述の尾原とともに小倉織が展開され、明治初期には喜美村内で小倉織・真田織の職人が40人いることが『郷内資料』に記されている。 ...
  • 豊前ぶぜん小倉こくらといえば、すぐ「小倉縞こくらじま」とか「小倉織こくらおり」とかいう言葉が浮ぶほどこの織物は有名でありました。 ...
  • 中世から海運業で栄えた吹上港、田之浦港、下津井港の3港からなる下津井以外にも、近世に発展した田の口港や下村湊など四国への渡船場として栄えた港を始め、地域でつくられた塩や小倉織などの商品の積出港として機能した港も多い。 ...
  • 天保元年頃からは足袋や小倉織が佐藤栄八・姫井甚七治らにより発展しつつあったが、知行所は、財政難のため産業振興策をとる余裕が無かった。 ...
  • 豊前小倉藩の藩主・小笠原忠苗の時代、1800年前後に起こった「小笠原騒動」の中で、中老・澁田見主膳が刺客に襲われた際、槍で腰を刺されたが、下を向いた槍の穂先が小倉織の袴の裾をすべったため、主膳はかすり傷もなく、袴も槍の跡を残したのみで破れていなかったという話がある。 ...
  • 襟及び袖先に紺小倉織を付し、その襟及び袖先に幅3分の白色織組1条を付し、袖先に白色角製の小鈕釦2個を付す。 ...
  • だが、合服として着用されるグレーの霜降学生服こそ、別名「霜降り小倉」と言われるほど著名な地元の小倉織の生地で、他校にない小倉高校の特色をよく表現している。 ...
  • 幕末には、周辺地域と同様に備前小倉織が隆盛を極め、当地から小倉商人が2人出ていることが『小倉問屋一条手続』に記されている。 ...
  • 嘉永2年から3年頃、小倉藩は産業政策のため、小倉織を調査。 ...
  • 小倉織の最盛期は嘉永年間前後のおおよそ20年間。 ...
  • 幕末頃になると、小倉織が盛んになり、安政3年には源次郎・佐平・佐市の3人の職人が小倉遠国問屋を拝命し、大坂・尾張まで販路を伸ばすと共に居宅売を行い、活躍したことを『諸御用留帳』に記されている。 ...
  • 二代目・神田安兵衛は、幼少より家業の呉服店に従う傍ら、小倉織、小倉縮の製織販売に従事、 織物業界に貢献するところ少なからず、産業功労汎くその名を知らるるとともに小倉縮の名声を全国に博するに至った。 ...
  • 神田安兵衛は、小倉縮・小倉織の織元である。 ...