富国強兵

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  • これは日本の教育が人類的福祉の見地に立たず富国強兵政策によっていたからであった。 宮本百合子『今日の日本の文化問題』より引用
  • この戦いは日本のその後の富国強兵政策の礎になった。
  • 列強が富国強兵であることの背後に中華とは異なる価値観・学問体系があることが認知され始めたからである。
  • さらに日本と韓国が軍事同盟を結ぶことが、ロシアに対抗し、韓国の富国強兵を図る方法であると主張した。
  • 政府の富国強兵路線を熱心に支持したが、条約改正や財政規律の確立を求めて政府に厳しい注文を付ける事もあった。
  • これは康有為・梁啓超が中心となって起こした富国強兵を目指す改革運動である。
  • 仙台には、富国強兵政策によって大日本帝国陸軍第二師団が置かれ、また第二帝国大学を初めとした高等教育機関が設立された。
  • 日本がアジアに目を向け始めた時期であり、これ以降、富国強兵政策が急ピッチで進められていく。 宮原安春『軽井沢物語』より引用
  • 古代のように、富国強兵の手段として、あるいは社会結合の要素としてのこの愛情は、もう必要ではなかった。 江戸川乱歩/紀田順一郎編『江戸川乱歩随筆選』より引用
  • 富国強兵・殖産興業政策の推進のために、国民的な規模で教育水準の向上が求められた。
  • 使節団がここで学びとったのは、要するに貿易と工業化がもたらした富国強兵ということであった。 古川薫『桂小五郎(下)』より引用
  • 拡大膨脹、富国強兵の時代は三年前に終ったのである。 開高健『最後の晩餐』より引用
  • 藩の富国強兵には、まず教育の底辺の拡充が、長期計画として立てられねばならぬとの考えである。 高田宏『言葉の海へ』より引用
  • すべての政策は、藩のすみやかな近代化と富国強兵とを願って打ち出されたものであった。 中村彰彦『明治忠臣蔵』より引用
  • 明治時代以後は文明開化・富国強兵をテーマにしたものも現れ、次第に国民教化の手段として用いられるようになっていった。
  • なお、日本において男性が育児をしなくなったのは、明治以降の近代化の中で行われた富国強兵策や家父長制が原因との指摘がある。
  • 諸侯やその家臣が争っていくなかで、富国強兵をはかるためのさまざまな政策が必要とされた。
  • 富国強兵の富国がすなわち生産技術のことであった。
  • 何百の議員の首を絞めたり、骨を抜いたり、缶詰にしたりして富国強兵の政策を決議させる。 夢野久作『超人鬚野博士』より引用
  • 近松秋江は、自分の日本主義は明治以来の富国強兵のそれで、流行の日本主義とは違うと言っている。 和田利夫『昭和文芸院瑣末記』より引用
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富国強兵 の使われ方