奥山念流

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  • 奥山念流と同様、当流も失伝して現存しない剣術流派の一つである。
  • 浅草の元鳥越もととりごえ町に奥山念流の道場を構えている牛堀九万之助うしぼりくまのすけを訪ねた小兵衛が、午後も遅くなって帰途についた。 池波正太郎『剣客商売 11 勝負』より引用
  • この場合、福田は元来、秩父の出身で、江戸へ出るまでは同地にあって気楽流と奥山念流の柔術を学んでいたともいわれ、とすればこの棒の振りもそれらの形であったかと思われる。 夢枕獏『東天の獅子 第一巻 天の巻・嘉納流柔術』より引用
  • こうした事情を、秋山小兵衛に語ってくれたのは、浅草・元鳥越町に奥山念流の道場をかまえている剣客・牛堀九万之助うしぼりくまのすけであった。 池波正太郎『剣客商売 01』より引用
  • このことは小兵衛も、浅草・元鳥越もととりごえに奥山念流の道場を構えている牛堀九万之助くまのすけから、かねてききおよんでいた。 池波正太郎『剣客商売 01』より引用
  • 上州・倉ヶ野の生れで、江戸へ来て、奥山念流おくやまねんりゅうの道場をひらいてから今年で十五年になる牛堀九万之助は、語ること少なく、みずから実践することにより、おのずから門人たちを指導して行くという人物だ。 池波正太郎『剣客商売 08 狂乱』より引用
  • 浅草・元鳥越もととりごえ町に〔奥山念流〕の道場をかまえている牛堀九万之助くまのすけは、そのふりけむる雨をながめつつ、夕餉ゆうげの前の酒をのんでいた。 池波正太郎『剣客商売 01』より引用
  • 佐々木三冬の生いたちを秋山小兵衛に詳しく語ってくれたのは、上州・倉ヶ野の生れで、いまは浅草・元鳥越もととりごえ町に奥山念流の道場をかまえた、生涯独身の剣客・牛堀九万之助うしぼりくまのすけである。 池波正太郎『剣客商売 02 辻斬り』より引用
  • 講道館柔道の創始者・嘉納治五郎の師である福田八之助は、秩父の出身で天神真楊流と気楽流、奥山念流等の免許皆伝であった。
  • 京の鞍馬山で修行したことから、「奥山念流」あるいは「判官流」といい、また、鎌倉で秘伝を授かったことから「鎌倉念流」ともいう。
  • お久が〔旦那さま〕といい、弥太郎が〔先生〕とよぶその人は、浅草・元鳥越町、松寿院裏に奥山念流の剣術道場をかまえる牛堀九万之助のことである。 池波正太郎『剣客群像』より引用