奥山家

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  • 奥山家の玄関に立ったまま白井平右衛門は交竹院に言った。 杉本苑子『絵島疑獄(上)』より引用
  • 井崎家は官舎が奥山家と隣り合わせで両家共家族ぐるみの交際をしていた。 森村誠一『新・人間の証明(上)』より引用
  • そうすれば奥山家と私とは関わりなくなるでしょ? 杉本苑子『絵島疑獄(下)』より引用
  • 台所のともしびは、はるか奥山家おくやまが孤家ひとつやの如くにともれている。 泉鏡花『国貞えがく』より引用
  • 悲鳴に近い百合の声にびっくりしたのだろう、半三郎はそれっきり拷問の話を打ち切ったが、あくる晩、こんどは実家の奥山家から異母弟おとうとの千之介が息せき切ってやって来た。 杉本苑子『絵島疑獄(下)』より引用
  • 奥山家でも、継母の兼世が目をむいた。 杉本苑子『絵島疑獄(下)』より引用
  • またこのクーデターを、創業者の大谷家を中心とする保守派と独断的に改革プロジェクトを進める奥山家との確執による内紛劇とする見方があった。
  • 感ずる仔細しさいがありまして、わたくしは望んで僻境へききょう孤立の、奥山家やまがの電信技手に転任されたのです。 泉鏡花『革鞄の怪』より引用
  • 勝浦川河口のそこは奥山家や小浜家の墓地となっているところで、陽当たりのよい山麓に宝篋印塔ほうきよういんとう形の墓石がたちならんでいた。 金達寿『日本の中の朝鮮文化 09 阿波・土佐・伊予・讃岐』より引用
  • 以来板谷御殿将の役目は、家禄二百石の奥山家の世襲となったが、世襲は四代忠右衛門利俊で終り、そのあとは三手組からしかるべき者が御殿将として赴任し、いまに至っていた。 藤沢周平『漆(うるし)の実のみのる国(上)』より引用
  • 私は、此数年間、毎年正月になると、三河・遠江・信濃の国境に近い奥山家へ、初春の行事を採訪に出かけましたが、こゝの門松は、また形が違つてゐるのです。 折口信夫『門松のはなし』より引用
  • 思はぬ奥山家から、大黒舞・夷舞などが出て来る。 折口信夫『ごろつきの話』より引用
  • 西鶴の「諸国ばなし大下馬」に見えた紀州の掛作観音の貸し傘が、肥後の奥山家に飛んで、古老の鑑定で、伊勢外宮日の宮の御神体だとして祀られたと言ふ話も、髯籠・傘鉾の信仰に根ざしあるものと思はれる。 折口信夫『だいがくの研究』より引用