奥山交竹院

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  • 表医師の奥山交竹院って人、知ってる? 杉本苑子『絵島疑獄(上)』より引用
  • 奥山交竹院といえば本道の中でも、特に小児科の泰斗でしょ。 杉本苑子『絵島疑獄(上)』より引用
  • やはり奥山交竹院が供をし、絵島や宮路が背後に従っての散策だが、間部がいま、その代りを勤めているにしても、彼にはどこまでも家臣として守るべきけじめがあり、礼儀がある。 杉本苑子『絵島疑獄(上)』より引用
  • 奥山交竹院は、表医師から奥医師に転じ、村上養順とともに、鍋松の治療にあたった。 柴田錬三郎『江戸八百八町物語』より引用
  • 生母のお喜代をはじめ絵島や宮路ら附き女中一同の努力、そして何よりは奥山交竹院の、懇切叮嚀な育児指導のたまものであった。 杉本苑子『絵島疑獄(上)』より引用
  • 行く先はむろん奥山交竹院の屋敷である。 杉本苑子『絵島疑獄(上)』より引用
  • 奥山交竹院は、鍋松の急患をいやしたので、生母左京の方から、大層な信頼をもらっていた。 柴田錬三郎『江戸八百八町物語』より引用
  • 奥山交竹院の実弟だから、喜内の父親は同様、水戸黄門光圀卿の侍医をつとめた奥山隠徳院である。 杉本苑子『絵島疑獄(上)』より引用
  • 奥山交竹院の屋敷は、九百石取りの富家にふさわしく数奇すきを凝らして建てられ、庭には築山つきやま、大池まで掘ってある。 杉本苑子『絵島疑獄(上)』より引用
  • 家継将軍は、でも危険な幼児期を切りぬけ、つつがなく六年目の新春をお迎えになったし、小児科の名医と折り紙つきの奥山交竹院先生がお身体癖をすっかり呑みこみ、心血をそそいで健康管理に当っておられるのだから心配はない、上さまはかならずつつがない成長をとげらると、月光院派の女中たちは口を揃えて言い切る。 杉本苑子『絵島疑獄(下)』より引用
  • 奥山交竹院は、あいかわらず帰邸してこない。 杉本苑子『絵島疑獄(下)』より引用
  • このほか、取り巻きとして利権を被っていた大奥御殿医の奥山交竹院とその弟の水戸藩士、幕府呉服師の後藤とその手代、さらには材木商らも遠島や追放の処分を受けるなど、大奥の風紀粛正のために多数の連座者が出され、最終的に50人近くの人が罰せられた。
  • 奥山交竹院のおどけ顔に、月光院まで笑い出して、看経かんきんにあけくれる湿りがちな御殿が、一ッとき花やぐ。 杉本苑子『絵島疑獄(上)』より引用
  • その境涯に落ちるなら、せめて奥山交竹院のいる御蔵島か、さもなければ利島に配流されて、舅に仕えると同様、平田伊右衛門にかしずけたら、と百合は願った。 杉本苑子『絵島疑獄(下)』より引用
  • 荻原近江守重秀は、この奥山交竹院と、懇意の間柄であった。 柴田錬三郎『江戸八百八町物語』より引用
  • 奥山交竹院が伊豆の御蔵島、狂言作者の中村清五郎が伊豆の神津島、後藤縫殿助の手代清助が伊豆の新島、そして彦四郎の父の平田伊右衛門が六十歳の老齢にもかかわらず、これは伊豆の利島としまに配流ときまった。 杉本苑子『絵島疑獄(下)』より引用
  • 奥山交竹院は胸をたたく。 杉本苑子『絵島疑獄(上)』より引用

奥山交竹院 の使われ方