太平記

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  • 要するに「太平記」は、かつての日本国内の兄弟喧嘩の小説である。 吉川英治『随筆 私本太平記』より引用
  • そのため日課の「私本太平記」一回分も今日は正午までに書いてしまった。 吉川英治『随筆 私本太平記』より引用
  • 辻講釈は太平記などの軍記物を注釈を加えつつ調子を付けて語るものである。
  • 児島高徳たかのりの桜の落書と云い、『太平記』にも大衆文芸の要素があるのだ。 菊池寛『四条畷の戦』より引用
  • 総じて文学価値としては古典平家の方が太平記よりも上だとおもう。 吉川英治『随筆 私本太平記』より引用
  • 義博は護良親王を殺害するとその首を藪のなかに捨てたと太平記には書かれている。
  • 足利時代の初期までは田楽の方が盛んであったことは、太平記の記述でわかります。 海音寺潮五郎『史談と史論(上)』より引用
  • 正続の音楽が違うのは、1958年公開の『社長太平記』以来である。
  • 私のこんど書く「私本太平記」もその一つに入るわけである。 吉川英治『随筆 私本太平記』より引用
  • 宋の五代史に出てくるし、日本の太平記にもある。 山田風太郎『八犬傳(下)』より引用
  • 太平記には、赤坂城とあるが、当時の記録によると、楠木城といっている。 菊池寛『日本武将譚』より引用
  • 太平記に登場しない人物の名も変えられた。
  • それが古典の太平記に用いられてから謡曲、民劇、小説などでさらに一般化したのである。 吉川英治『随筆 私本太平記』より引用
  • 彼はこの妖術のたねに、例の「太平記・円心おぼえ書」を使ったのである。 山田風太郎『室町少年倶楽部』より引用
  • 知っているどころか、先日の講釈の太平記はちょうどこのクダリだった。 司馬遼太郎『燃えよ剣 01 (上)』より引用
  • 古典籍の蔵書家でもあり、藤原定家の歌集や『太平記』を所蔵していた。
  • 太平記には伊知地山としての記述がある。
  • しかし彼女の記録は『太平記』だけしかなく、詳細は不明である。
  • 盛衰記は幸若を経て、素語りを主とする様になり、太平記にも及んだ。 折口信夫『国文学の発生(第四稿)』より引用
  • このへんの複雑さがよくのみこめないと太平記の社会は単なるてんやわんやにしかられぬだろう。 吉川英治『随筆 私本太平記』より引用
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