天正

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  • 天正十一年の三千四百七十石から五年間に、二十五万石になっている。 菊池寛『日本武将譚』より引用
  • 伊賀は天正七年に信長に攻め取られた時、国内の武士らは大虐殺ぎやくさつされた。 海音寺潮五郎『新太閤記(四)』より引用
  • 天正十七年には玄蘇を正使とし自らは副使となってこの国に渡っている。 隆慶一郎『一夢庵風流記』より引用
  • その歿年ぼつねんは天正十四年であるから、この時からなお七年生きたわけである。 海音寺潮五郎『新太閤記(三)』より引用
  • けれど、天正時代となると既に酒が高くなったのをこぼしているのがある。 佐藤垢石『酒渇記』より引用
  • 天正期には信長が殊のほか茶を愛好したので天下の武士の間に茶が流行した。 井伏鱒二『小説日本芸譚』より引用
  • 信長が四年後の天正七年に信康に腹を切れと命じた遠因は、ここにあった。 新田次郎『武田勝頼(一)』より引用
  • 信長が死んだのは天正十年である、これは動かす事の出来ぬ歴史事実である。 小林秀雄『考えるヒント 3』より引用
  • 徳川家康が江戸へ入国したのは、天正てんしよう十八年八月一日のことであった。 平岩弓枝『千姫様』より引用
  • 天正十九年八月二十三日、ついに天下に唐入からいり即ち明国出兵を発表した。 菊池寛『碧蹄館の戦』より引用
  • この天正十年六月一日、信長は満四十九歳に達したところであった。 山田風太郎『忍法行雲抄』より引用
  • そのとし天正十九年が、永禄五年からまさに三十年目であることに気がついたのだ。 山田風太郎『忍法帖3 伊賀忍法帖』より引用
  • この時期に正室を迎えたと見え、天正8年、嫡男・盛次が誕生している。
  • 明日で天正十九年が終るという、おしつまった十二月二十八日であった。 海音寺潮五郎『新太閤記(四)』より引用
  • これはついに朝倉家を亡ぼした戦さの時のことだから、天正元年のことだ。 海音寺潮五郎『新太閤記(三)』より引用
  • 方広寺が完成したのは、秀吉が命令を下してから三年後の天正十七年であった。 柴田錬三郎『決闘者 宮本武蔵(中)』より引用
  • 第二の疑問は天正五年九月十三日にはまだ七尾城は謙信の手中にはなかった。 新田次郎『武田勝頼(二)』より引用
  • とすれば、天正三年の五月十四日には梅雨の後期に入っていたらしい。 新田次郎『武田勝頼(一)』より引用
  • 遠州の設計で此の庭の造られたのは天正十九年だと云はれてゐる。 野上豊一郎『桂離宮』より引用
  • 政宗は天正てんしよう十三年十月、十九歳の時に思わぬ事件で父輝宗てるむねを失った。 菊池寛『日本武将譚』より引用
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