天文十

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  • 天文十八年には美濃の立正寺が、将軍に白熊を奉ったという記録がある。 新田次郎『昭和新山』より引用
  • 戦乱の絶え間のないなかで、三年の歳月が経過し、天文十一年を迎えた。 咲村観『上杉謙信天の巻』より引用
  • 天守閣が初めて作られたのは天文十九年伊丹城が嚆矢こうしとされています。 新田次郎『武田勝頼(一)』より引用
  • 天文十二年八月二十五日乗員百余名をのせた支那船が種子ヶ島に漂着した。 坂口安吾『鉄砲』より引用
  • 六歳の天文十六年、人質としてこの城を出てから実に十三年ぶりの帰城である。 稲垣史生『考証[大奥]』より引用
  • 数日にして新しい年天文てんぶん十九年が来、景虎かげとらは二十一になった。 海音寺潮五郎『天と地と(四)』より引用
  • お濃が織田信長の妻となったのは天文十八年であった。 池波正太郎『蝶の戦記 下』より引用
  • すなわち天文十一年の夏、富士の裾野の峡間かいはざまへ、一人の若侍がやって来た。 国枝史郎『神州纐纈城』より引用
  • 義輝は天文十八年にも近江に逃れているので、これが二度目の亡命生活だった。 安部龍太郎『戦国秘譚 神々に告ぐ(上)』より引用
  • 彼の祖父は高槻の城主であつたが、天文十年の騒乱で倒れてゐる。 唐木順三『千利休』より引用
  • 天文十六年九月二十二日のことであったが、尾張の織田信秀が美濃へ攻めこんだ。 坂口安吾『梟雄』より引用
  • この濃姫が、天文十七年、つまり十四歳で、十五歳の織田三郎信長に嫁ぐわけだ。 桑田忠親『斎藤道三』より引用
  • 湯槽は天文てんもん十五年に蔵王山からの転石を組み合わせて作ったもの。 阿刀田高『異形の地図』より引用
  • 何せい、鉄砲が渡来したのも、天文てんもん十二年、つい七、八年前のことだからな。 吉川英治『新書太閤記(一)』より引用
  • 事なく一年たって、天文てんぶん十二年春、長尾俊景ながおとしかげ三条さんじようで兵をあげた。 海音寺潮五郎『天と地と(一)』より引用
  • 初世吉兵衛正重は天文十年に参河国で生れ、慶長十二年二月二日に六十七歳で歿した。 森鴎外『伊沢蘭軒』より引用
  • 鉄砲がはじめて日本へ来たのは、天文十二年ということであるが、拳銃が日本へ来たのは、この時がその最初でありました。 中里介山『大菩薩峠』より引用
  • 天文てんぶん十六年に、源三郎げんざぶろうは十九歳になった。 海音寺潮五郎『天と地と(二)』より引用
  • 正式には内蔵寮領率分そつぶんと呼ばれる七口の関銭は、八年前の天文十八年にも三好長慶に奪われたことがあった。 安部龍太郎『戦国秘譚 神々に告ぐ(上)』より引用
  • これは甲陽軍鑑こうようぐんかんの説くところだが、そのくせ、この書には勘介かんすけ武田たけだ家に仕えたのは天文てんぶん十二年春と記している。 海音寺潮五郎『天と地と(二)』より引用
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