大雪丸

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  • 大雪丸は、かつて日本国有鉄道の青函航路に就航していた車載客船である。
  • 他にも大雪丸のように沈没こそしなかったものの航行不能となった船もあり、青函連絡船は終戦前後の時期に近い壊滅的打撃を受けた。
  • このエンジンは津軽丸型のうち大雪丸など3隻で採用されたものと同系列であったが、2台2軸で、マルチプルエンジンではなかった。
  • 青函連絡船の大雪丸としては2代目であった。
  • 大雪丸は、日本国有鉄道の青函航路に就航していた車載客船である。
  • 姉妹船には、津軽丸・八甲田丸・大雪丸・摩周丸・羊蹄丸・十和田丸がある。
  • ボイラーは6缶であったが、乾熱室式円缶が調達できず、本船と大雪丸には水管缶が使用された。
  • 本船の同型船には羊蹄丸、摩周丸、大雪丸があり、これら4隻は洞爺丸型と呼ばれた。
  • プロペラ制御盤の翼角計は大雪丸以来の丸型で、外周が指令翼角、内周が実際翼角であったが、これとは別に、推進用プロペラ翼角操縦レバー根元の制御盤上にも、指令翼角が直観的にわかるよう、直線型の目盛板が貼り付けられた。
  • この車載客船の1隻が大雪丸であった。
  • 津軽丸型第5船で、建造中の外舷色はうす緑色と乳白色で、当時就航中の八甲田丸や、先行して建造中の大雪丸と同色で、就航中の松前丸の緑色と象牙色とも似ていたため、竣工直前に新幹線の色ということで、藍色とクリーム色に変更して就航した。
  • このとき、大雪丸は、積載車両を降ろしており、その分喫水が浅く車両甲板位置が高く、海水の浸入が相対的に少なかった。
  • 青函連絡船の復興のため、当時の運輸省鉄道総局がGHQの許可を受けて建造した洞爺丸型車載客船4隻の第2船で、同型船には洞爺丸、摩周丸、大雪丸があった。
  • そして、翌1947年3月26日の洞爺丸進水の当日、第4船大雪丸が同造船所で起工されたため、この日から、洞爺丸竣工の同年11月2日までは、同造船所では洞爺丸型が3隻、並行して建造されていた。
  • 青函連絡船の復興のため、当時の運輸省鉄道総局がGHQの許可を得て建造した車載客船洞爺丸型4隻の第3船で、同型船には洞爺丸、羊蹄丸、大雪丸があった。
  • 津軽丸型第4船大雪丸が1965年5月16日に就航し、続く第5船 摩周丸の就航が6月30日に迫った6月20日に本船は終航した。
  • 洞爺丸のほかにも、函館港外で碇泊した僚船北見丸、日高丸、十勝丸、大雪丸、第十一青函丸、第十二青函丸の6隻でも同じような状況が発生して、石狩丸、大雪丸、第十二青函丸は危機を逃れたものの、他の4隻は函館港外で相次いで転覆・沈没した。
  • 残った5隻のうち、大雪丸は検査切れのため、青函航路終航2ヵ月前の1988年1月6日運航終了し、その他4隻は同年3月13日の航路終航まで運航された。
  • 大雪丸は三菱重工神戸造船所で、第1船の洞爺丸が同造船所で進水したその日の 1947年3月26日に起工し、翌1948年10月25日竣工、同11月27日に青函航路に就航した。
  • デッキハウス船の第六青函丸が1964年5月3日に運航終了し、入れ替わるように、津軽丸が5月10日に就航、第2船の八甲田丸が8月12日に就航し、車載客船大雪丸が8月31日運航終了した。