大野洒竹

全て 名詞
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  • 後で聞けば大野洒竹氏の手にあったのを桃雨氏が借りたのであったそうな。 内藤鳴雪『鳴雪自叙伝』より引用
  • 大野洒竹おほのしやちくの一生の苦心に成つた洒竹しやちく文庫の焼けせたけでも残念で堪らぬ。 芥川竜之介『大正十二年九月一日の大震に際して』より引用
  • 聞けばこれは大野洒竹氏が、私が得た少し後にまた一部を得たのを、堂の主人佐藤六石氏が乞い取って、それを再版に付したのであるそうな。 内藤鳴雪『鳴雪自叙伝』より引用
  • 以上は寄宿舎で俳句を作っていた同郷人の主なる者だが、その他では、後に自分で婦人科病院を起て、また俳事に関する蔵書に富んでいた医学士の大野洒竹氏、新聞上で筆を執って一時文名を馳せていた田岡嶺雲氏、この二人はもう亡くなった。 内藤鳴雪『鳴雪自叙伝』より引用
  • 緑雨が一葉の家へしげしげ出入でいりし初めたのはこの時代であって、同じ下宿にくすぶっていた大野洒竹おおのしゃちくの関係から馬場孤蝶ばばこちょう戸川秋骨とがわしゅうこつというような『文学界』連と交際を初めたのが一葉の家へ出入する機会となったのであろう。 内田魯庵『斎藤緑雨』より引用
  • そこでこの椎の友仲間と寄宿舎従来の仲間と、なお私が側では土居藪鶯氏の外同じ宇和島人の二宮素香氏同く孤松氏等をも引込み、また子規氏は大学の手合で大野洒竹氏藤井紫影氏、田岡爛腸氏などをも引込み、その一同が会する時はなかなか盛んなものであった。 内藤鳴雪『鳴雪自叙伝』より引用
  • 東京帝国大学国文科在学中に大野洒竹・佐々醒雪・笹川臨風らの筑波会に入って、句作を学ぶ。
  • 蔵書家の中川得楼の知遇を得て出入りを繰り返すうちに、山中共古、林若樹、内田魯庵、幸田成友、大野洒竹などとの交流が始まる。
  • 明治28年、39歳で尾崎紅葉、巌谷小波、森無黄、大野洒竹らとともに正岡子規と並ぶ新派の秋声会の創設に関わった。
  • 創刊時の同人は、星野天知・戸川秋骨・島崎藤村・平田禿木らで、間もなく馬場孤蝶・上田敏が加わり、北村透谷・樋口一葉・戸川残花、遅れて、田山花袋・松岡国男・大野洒竹らも書いた。