大田田根子

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  • 古代史を少しでもかじっていれば、この大田田根子という名前は記憶に残りますからね、あまりにも現代的な名前なので。 西風隆介『神の系譜Ⅲ 幽霊の国』より引用
  • これは摂社となっている大直禰子神社で、大神神社を祭祀して大神氏族の祖となったといわれる大田田根子を祭っている。 金達寿『日本の中の朝鮮文化 03』より引用
  • むつかしくてよくわからないところもあるが、ともかく大田田根子が陶器、すなわち須恵器と関係の深い朝鮮からのいわゆる「帰化人」系であるというのはわかる。 金達寿『日本の中の朝鮮文化 03』より引用
  • 大田田根子とは『日本書紀』の表記で、これはまた『古事記』にいう意富多多泥古でもあった。 金達寿『日本の中の朝鮮文化 03』より引用
  • 私は三輪山の大蛇神の神裔と称し、オダマキ型の神婚譚で知られる大神氏の祖大田田根子は、もしかすると帰化人系の存在ではなかったかと、ひそかに考えている。 金達寿『日本の中の朝鮮文化 03』より引用
  • そして、天皇の夢の中に、大物主神おおものぬしのかみが現われ、〝大田田根子おおたたねこもつれを祀れ〟というので、そのとおりにすると世の中は治まり、五穀も豊かに実るようになった、ということです。 高木彬光『古代天皇の秘密』より引用
  • そこで崇神天皇7年11月8日、夢告の通りに大田田根子と長尾市とに祀らせると、疫病は収まって国内は鎮まったという。
  • 大神氏は大物主神の子大田田根子を始祖とする、神別氏族で、大神神社の祭祀を司った。
  • 最近、この窯跡群にたいして陶邑古窯跡群とよぶ人があるようだが、陶邑というのは、崇神紀に大田田根子説話ででているにすぎず、この広大な、また数世紀にわたる窯跡群の総称とすることはできない。 金達寿『日本の中の朝鮮文化 02』より引用
  • 同書崇神天皇7年8月7日条では、倭迹速神浅茅原目妙姫・大水口宿禰・伊勢麻績君の3人はともに同じ夢を見て、大物主神と倭大国魂神の祭主をそれぞれ大田田根子命と市磯長尾市にするよう告げられたといい、同年11月13日条ではその通りにしたところ果たして国内は鎮まったという。
  • 同年11月13日、大田田根子を大物主神を祀る祭主に、長尾市を大国魂神を祀る祭主にした。
  • 陶邑の名称は崇神天皇の時、倭迹迹日百襲媛命が神懸りして受けた託宣により茅渟県陶邑において大田田根子を探し出し、大和三輪山の神、大物主を祭る神主とし、それまで続いていた疫病や災害を鎮めたとする日本書紀の記載がある。
  • 同年8月7日、臣下の夢の中に大物主神が現れ、「大田田根子命を大物主神を祀る祭主とし、市磯長尾市を倭大国魂神を祀る祭主とすれば、天下は平らぐ」と言った。