大田少尉

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  • 航空本部で大田少尉の説明を聞いたのは総務第二課の伊藤祐満中佐である。 御田重宝『特攻』より引用
  • 大田少尉は偵察員ではあったが、零戦の操縦は見よう見まねでできたという。 御田重宝『特攻』より引用
  • 同新聞は本社が名古屋市にある関係上、愛知県出身の大田少尉の故郷の関係者から消息を聞き出したいという目的があった。 御田重宝『特攻』より引用
  • 大田少尉が原案を持参したからこそ設計製作したのです。 御田重宝『特攻』より引用
  • 大田少尉は神奈川県厚木基地輸送部隊に在籍し、司令は菅原秀雄大佐であった。 御田重宝『特攻』より引用
  • 大田少尉は戦局上かねてから、非常手段に訴えるほかはないとの考えを持ち、同じ考えを持つ同僚数名とその方法について研究していた。 御田重宝『特攻』より引用
  • 大田少尉と伊藤中佐がいつ会見したかはこの手記ではわからないが、多分、十九年七月であろう。 御田重宝『特攻』より引用
  • そして十九年七月ころ大田少尉が代表してその構造と攻撃方法を説明し、『われわれが搭乗してゆく』と熱烈な希望を述べた。 御田重宝『特攻』より引用
  • 大田少尉の案は、頭部に爆薬を充填し尾部にロケット推進機を装備する滑空機で、操縦者一名が搭乗する。 御田重宝『特攻』より引用
  • 窓口が小川教授であるから、研究者の木村所員が直接大田少尉と交渉することはなかったとしても不思議はない。 御田重宝『特攻』より引用
  • つまり、航本の責任者伊藤中佐は大田少尉がパイロットであり、パイロットの代表として航本に直訴したものと信じていたのである。 御田重宝『特攻』より引用
  • だれが大田少尉を東大航空研に紹介したのかという経路を解くカギはここで消える。 御田重宝『特攻』より引用
  • 設計図を持った大田少尉は菅原司令を通じて、航空技術廠長の和田操少将に会う。 御田重宝『特攻』より引用
  • 大田少尉が案を持参したから設計、製作した。
  • 大田少尉も八月十八日付で航空技術廠に籍が移された。 御田重宝『特攻』より引用
  • 「回天」の創始者が即実施者であったのと違い、大田少尉は偵察員で操縦ができない以上、他人に死を強要しているだけだ。 御田重宝『特攻』より引用
  • 作家柳田邦男も「大田少尉は結局、時流に乗った目立ちたがりやの発明狂でしかなかったのかもしれない」と結んでいる。
  • 大田少尉が名乗りをあげないのは、「桜花」隊員の生き残りの目をいまだに気にしてか、あるいは死んでしまっているからか、その点はわからないが、「桜花」が隊員の間で不評だったことの証明にはなる。 御田重宝『特攻』より引用
  • サイド記事として、当然開発者、三木忠直技術少佐と「神雷」を提案した大田少尉の手柄ばなしが載っている。 御田重宝『特攻』より引用