大御所足利

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  • 翌文明16年2月に政則が家臣団により家督を廃されたが、別所則治は政則を擁して上京し、室町幕府大御所足利義政の助力を得て家督を復活させた。
  • この後、則宗や小寺則職らが共謀して権威の失墜した政則を廃して、有馬慶寿丸を新たな君主に擁立すべく大御所足利義政に働き掛けるという事件があったが政秀はこの企てには参加していなかった。
  • 天文18年6月の江口の戦いに敗れた細川晴元は京都へ退却すると、室町幕府13代将軍足利義輝とその父で大御所足利義晴を連れて京都から逃げ出し、近江守護六角定頼を頼り琵琶湖西岸の坂本へ移動した。
  • 天文17年に細川晴元に叛いた三好長慶は、翌天文18年に江口の戦いの勝利によって入京を果たし、晴元、将軍義輝とその父で大御所足利義晴らは近江坂本へ退却した。
  • そして天文18年、晴元の側近で同族の三好政長を討ち取った長慶を恐れた晴元は、13代将軍足利義輝と大御所足利義晴を連れて近江坂本へ逃れた。