大寒
全て
名詞
94 の例文
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この水を当社にて飲むことができる。特に大寒に汲まれた水は「寒の水」といわれ、貴重なものとされている。
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恒気法では冬至から1/24年後で1月6日ごろである。期間としての意味もあり、この日から、次の節気の大寒前日までである。暦の上で寒さが最も厳しくなる時期の前半。
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旅の道筋は、越前をとれとの命だったから、この若者は願いでて、旅の途中、寡婦ぐらしをしている母親をたずねる許しをえた。出発したのは大寒のころで、そのあたりいちめん、雪におおわれていた。それで友忠は、屈強な馬にまたがっていたが、歩みはのろく、思うように進めなかった。
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うちのクサヒバリは、十一月の末になっても、まだ鳴いている。わたくしは、それを大寒の時分まで生かしておきたいものだと思っている。もっとも、この虫と同じ代のものは、おそらくもう、みんな死んでしまったに違いない。
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ある日、久兵衛の家へ一匹の大きな蝿が舞いこんできて、それが久兵衛の頭の上をうるさく舞いまわりはじめた。いったい、蝿というやつは、大寒の時分になんぞ出てくるものではない。それにだいいち、そんな大きな蝿は、よほど陽気でも暖かにならなければ出てくるものではないから、久兵衛は驚いた。
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そうして彼自身が意識し得なかった彼自身の手で、彼のタッタ一人の愛児を惨死に陥れて、彼をホントウの独ポッチにしてしまうべく、不可抗的な運命を彼自身に編み出させて行った不可思議な或る力の作用を今一度、数学の解式のようにアリアリと展開し初めたのであった。それは大寒中には珍らしく暖かい、お天気のいい午後のことであった。彼は二三日前から風邪を引いていて、その日も朝から頭が重かったので、いつもの通り夕方近くまで居残って学校の仕事をする気がどうしても出なかった。
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もう、松飾りもきのうと過ぎて、大寒のひどい寒さがつづいていた。「出演の方は、ええ、京山華千代さん、東家幸楽さん、林松猿さん、それから三門柳さん、ええと、佃雪舟さん、玉川桃太郎さん、それに木村重松さんという方たちです」 へええ浪花節なんかもやってるの?
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このように、この木が花をさかせる時期は、大寒の候なのである。
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ただし、平気法と定気法で四立が少し変わるのに応じ節分も変わる。節気の期間としては四立の1つ前の、穀雨・大暑・霜降・大寒に含まれる。開始日の定義は平気と定気で異なるが、それぞれ節気と同様に、平気法では冬至からの経過日で、定気法では太陽黄経で定められている。
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言うまでもなく、家賃などを支払っているどころではありません。それは冬でも大寒といういちばん寒い季節でした。この季節になると、この地方は、大人の丈ほどの雪が積もり、それが春の四月頃までとけずにいるのです。
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拙者の不在中、スイッチョンを箱からだして、愛玩して、脚を一本落してしまった。スイッチョンは無事越年し大寒を元気よく迎えながら、これがもとで死んでしまった。
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立秋以降は残暑見舞いになる。大寒と互いに半年後・半年前である。小寒と小暑も同じ関係である。
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両ホームとコンコースには飲料の自動販売機がある。上りホームの横に大寒桜が並んで植わっている。見ごろは3月上旬、北口ロータリーの一見桜に見えるのはハナミズキであり、こちらの見ごろは4月下旬である。
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禅学徒の中には、偶像や象徴によらないでおのれの中に仏陀を認めようと努めた結果、偶像破壊主義者になったものさえある。丹霞和尚は大寒の日に木仏を取ってこれを焚いたという話がある。
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一夜に三つも四つも「妙な縁」やら「ふとした事」やら「思わぬきっかけ」やらが重って起っても、一向に恋愛が成立しなかった好例として、次のような私の体験を告白しようと思うのである。あれは私が弘前の高等学校にはいって、その翌年の二月のはじめ頃だったのではなかったかしら、とにかく冬の、しかも大寒の頃の筈である。どうしても大寒の頃でなければならぬわけがあるのだが、しかし、そのわけは、あとで言う事にして、何の宴会であったか、四五十人の宴会が弘前の或る料亭でひらかれ、私が文字どおりその末席に寒さにふるえながら坐っていた事から、この話をはじめたほうがよさそうである。
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花々が咲く美しい階段となっている。大本山薬王寺として現在も顕本法華宗の僧侶が大寒の時期に毎年行われるの際は必ず訪れることが常になっている。三世日正によって製造された霊薬で法華経の「是好良薬・今留在日此・病即消滅・不老不死」の妙文を感得して調剤したと伝えられ、代々の住職に口伝された家伝の漢方薬である。
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その冬のある日、太陽は午後になって少し現われたが、それも二月の二日、すなわち古い聖燭節の日であった。このちょっと姿を現わした太陽は、やがて六週間の大寒を示すものであって、あのマティユー・レンスベルグが次の古典的な二行の句を得たのもそれからである。
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